そのクリニックには明日行くという。

 

「で、夜、織部さん来てくれませんか?」

 

口調は質問調だが、実質は違う。何度も今日は用事がある、

と島田くん夫妻には伝えてある。何度言っても島田くんは忘れてしまう。

仕方なく、夜、島田くんの家に向かう。島田くんの家にはお母さんもいた。

 

「お前、自分の携帯どうしたの?」

 

ここのところ、電話は全て島田くんの妻の番号からしかかかってきていない。

疑問に思っていたが、彼の言うことはほぼ謎が多すぎて

後回しになってしまった。

 

「僕が持っていると、あちこち電話しちゃうので妻に取り上げられました。」

 

思ったよりこの妻はしっかりしている。そしてその行為が乱闘騒ぎに

ならない辺りが妹とは違う。

 

しかし島田くんの様子は明らかにおかしい。

 

「週刊文春の記者は?」

 

またしても意味の分からない質問をされる。

 

「もし妻がうつ病と診断されたら、僕はあの会社を許しませんよ!

 僕の仕事は秘密が多い業界で、僕はあの会社のいろんな秘密を知っている!」

 

あの会社とは、島田くんが先日までフリーで出入りしていた会社だ。

何だか、妻が携帯電話を取り上げたのが、すごく正しい判断だったと納得する。

 

「今日は家に来なさい!」

 

お母さんが強い口調で言った。

 

「それがいいよ。何も考えずにゆっくり実家で休みなよ」

 

僕もすかさず同意する。妻のうなずき顔に島田くんも大人しく同意する。

こうして僕とお母さんと島田くんは島田くんの実家へと向かった。

心休まることのない妻に休養を与えるのにも効果的だ。

 

道すがら島田くんは何度もコンビニに寄りたがった。

 

「週刊文春を買いたいんです」 「いらない」

「週刊文春を…」       「必要ない」

 

押し問答のような会話が繰り返されたのち、

 

「コンビニでトイレに行きたいんですが」

 

嫌だが生理現象まで禁止する権利なんて僕にない。コンビニでトイレに行き、

用を済ませると、島田くんの手には雑誌が。

 

「テレビBROSです」

 

出来ることならどんな雑誌も読んで欲しくない。テレビのワイドショーで

妄想が広がるレベルだ。どんな地雷が雑誌の中に落ちているかもしれない。

僕は実家の前に着くとさりげなくその雑誌を奪った。

 

「僕が読むよ、ありがとう」

 

こうして僕は家路へとついたが、その夜は島田くんからの着信に悩まされた。03から始まる島田くんの実家の番号だった。

 

「うちの妻の電話番号教えてもらえませんか?」

 

携帯電話を取り上げられ、しかも妻の携帯も使えない状況では

彼は自身で暗記している番号にしかかけられない。彼にとって悲しいことに

そして僕にとって不運にも、彼の頭に入っていたのは僕の番号だけだった。