中島くんもクリニックに同行してくれることになった。

 

タクシーの助手席に中島くんが乗り、後部座席に僕と5ヶ月の乳飲み子を

抱えた妻で島田くんをサンドィッチにする。

念のため、島田くんが移動途中に逃げることが出来ないようにだ。

 

駒沢から15分ほどで渋谷の景色が見えてくる。

 

「ほら、し•ぶ•や!渋谷だよ」

 

島田くんの妻が乳飲み子に話しかける。

 

「うん。うん。」

 

なぜか返事をするのは島田くんだ。ヒカリエのネオンを見ながら突然、

島田くんが

 

「そうだね。渋谷だね。」

 

そう言って泣き出す。たぶん、クリニックに行くことを地獄か刑務所に

連行されるくらいの心境なんだろう。悲しみが車内に蔓延するが、

たぶん島田くん以外の僕ら三人は早くクリニックに着いて、この

タクシーを降りることばかり考えていた、と思う。

妻も乳飲み子に話しかけても、もちろん生後5ヶ月の赤ん坊が

理解できるわけもなく、それどころか、いちいち島田くんが反応し、

悲しみに暮れるので、しゃべることを止めてしまった。

 

地雷があちこちに埋まっていそうで、そもそも何が地雷か分からず

誰も口を開くことができない。誰も口を開かなくても島田くんは

 

「うんうん、表参道だ」

 

「うんうん、竹下通りだね」

「ああ、ここは千駄ヶ谷だ」

 

どこかを通りすぎる度に自分で地雷を踏み、つぶやき泣き出す。

もはや蔓延しているのは悲しみではない。妄想が哀れをはるかに

通り越して笑い出しそうだ。こらえるのに苦労した。

 

クリニックの前に着くと散々泣いた島田くんの顔はどこか晴れ晴れしている。

よく赤ん坊が泣き出すかと思えば、瞬時に笑顔を見せる、そんな顔だ。

 

「ちょっとあのコンビニで水を買いたいのとトイレに行きたいんですけど」

 

彼の感情の起伏はもはや、島田くんの生後5ヶ月の息子と変わらない。