倉持社長には僕が知っている全てのことを伝えた。もちろん倉持社長も
島田くんが学生の頃、統合失調症と診断され入院した事実は知っている。
「おそらく知り合いをたどれば、今の島田の現場クラスに行き着くと思います」
問題は何をどこまで話すか?だ。相手が何も感じていなければ、ちょっと
体の調子が悪くて療養する、とだけ言って誤摩化すこともできる。
しかし、すでに不審人物情報はなんとなく、島田くんの現場にも
蔓延してしまっていた。それに対して曖昧な説明がかえって変な憶測を産み
加熱するワイドショーみたいにならないか?
妙案が思いつかない僕と倉持社長は結局…
「多くのプレッシャーで具合が
悪くなったからしばらく療養するので今の仕事をキャンセルしたいと
島田くんのお母さんかられんらくがあった。」
という事実を曖昧な形で伝える方法をとった。情報はすぐ先方に伝わった。
やはり先方も島田くんの様子がおかしいと感じており、すでにこの仕事を
島田くんに振るのを止めようと検討していたらしく、渡りに船だという。
と同時に島田くんサイドも妻とお母さんの説得により、島田くん自身が
今の仕事を断る決心をしていた。「嵌められた」という社長に長文の
メールを送ったという。
であれば、わざわざ先方からクビのごとき通達を送り、島田くんを
傷つける必要もないので、慌てて僕は倉持社長にその旨を伝えた。
こうして島田くんの仕事関係は表面的には収束していった。
今日は島田くんがクリニックに行くはずの日だ。
午前中に予約をし急を要すると言えば夕方には診療してもらえるだろう。
その午前中、僕に着信がある。島田くん本人ではなく妻の携帯番号からだ。
「電話が繋がらないんで、直接クリニックに来ちゃったんですけど」
喋っているのは島田くんだ。
「入口が施錠されてるんですよ!やはり秘密度が高いためか
しっかり世間と隔離しているみたいなんですよ。
すぐには入れないシステムがきちんとできてますね。」
それは「秘密度が高い」とか「隔離」とか
「すぐには入れないシステム」ではなくて、たぶん休診日だ。
そしてそこは島田くんがかつて通っていたクリニックなので、
島田くん自身がそんなシステムじゃないことを知っている、のに
理解できてない。
「一度、家に帰りなさい。僕が知り合いの心療内科を当たってみるよ」
「あははは。織部さん、病気のコーディネーターだ!あはははは」
全く可笑しくないし、なぜこの男がウケているのか?笑い所が分からない。