「織部さん、いらっしゃい!」
島田くんはご機嫌さんだ。部屋の中には島田くんの友人、中島くんがいた。
島田くんはトップシークレットと書かれた黒いファイルを開き
何やら様々な人の名前を線で結んでいる。
僕も中島くんも島田くんもトップシークレットをのぞいている。
このトップシークレットはもはや誰に対する秘密なのだろう?
そのファイルの中にはいくつかの封書もあった。
「何をやってる?」
「僕に何かあったときに対応してもらうための連絡網です」
そこには僕の名前も中島くんの名前も倉持社長の名前も当然あった。
これこそいらない拡散網だ。
島田くんは妻に
「今から成城石井に行ってくれないかなあ?」
「成城石井ってどこの?」
「成城石井的であれば、どこでもいいよ!」
成城石井的とは成城石井でなくても良くて、紀伊国屋とか明治屋とか
高級スーパー的なものってことだろうか?
「そこでなにするの?」
「長田さんに迷惑かけたから、ラフロイグ買ってきて、贈りたいんだ」
長田さんとは、初めて聞く名前だ。
こんなときに心狭いことを言って申し訳ないが、ラフロイグとは
僕が大好きなアイラ島のウィスキーで、僕が島田くんにその味を教えた。
長田さんにどんな迷惑をかけたのか知らないが、僕には贈られないのか?
ラフロイグが好きなのは僕で、たぶん僕も迷惑をかけられていると思うけど。
「うん。うん。後でね」
妻が実行の可能性の薄い同意をする。正しい返事だな、と思う。
あまり反対しすぎるのも病気によくない。とはいえ、彼の言う通りに
物事を進めても、事態が悪い方に広がりかねない。同意だけして
放っておけば、かなりの確率で忘れることも多いのでそれでいい。
実際、妻に後で聞くと、長田さんは島田くんの学生時代の先輩で
仲は良いが、島田くんがスイッチオンしてからは会ってないし、
その事実も知らない、という。
やはりラフロイグを贈るべきは僕じゃないのか?
「それはなあに?」
僕はトップシークレットの封書を指差した。
「これはいろんな人に色んなこと書いた手紙です。」
全く満足できない返事が返ってきた。
「例えば、誰にどんなことを書いた手紙?」
「トップシークレットだから言えませんが、週刊文春に
とある会社の粗悪な労働条件を訴えようと思って…」
トップシークレットはもろくも漏れてるし、
週刊文春がとんでもない角度から振って湧いてきた。