震災の影響で仕事が忙しく、僕はほとんど妹の件に関わる事がしばらく
できなくなった。
自分の仕事が上手くいきだすと大人しく言うことをきくサイトウくんでは
物足りなくなるらしく、別れてはいないものの、一緒に暮らすのは
やめたらしい、とだけ聞いていた。恩知らず、とはたぶん妹の辞書にだけは
絶対あった方が良い言葉だが、残念ながらたぶんない。
震災から約1年が経ち、ようやく落ち着いた頃、母から電話があった。
妹の発症が明らかになってから家族間の電話は嫌な予感しかしないものばかりだ。
「あの子、会社の後輩の面倒を見てるの。」
意外にも良いことじゃないか。しかしなんだってそんなことくらいで
母は電話をしてくるのだろう?
「そうじゃないの。その後輩の男の子がうつ病で失踪しちゃったらしいの」
やはり嫌な予感がする電話だった。
詳細は母にも分からないが、後輩は東北の出身で震災あたりから
様子がおかしくなったらしい。うつ病と診断され通院しながら、
仕事を続けていたが、それを見た妹がその後輩の現状に飛びついた。
一見、美談だが、実のところ「親切•福祉•ボランティア症候群」の再降臨だ。
「私もそういう病気なの」
と親身に近づきカウンセリングもどきを開始。後輩が仕事を休みたいというと
彼が心配だから、と一緒に会社を休んで行動を共にしているというから
会社からしてみたらいい迷惑だ。
また嫌な予感がする。その予感は「仲良くなったら誰とでも婚約症候群」だ。
しかしその予感は外れてくれた。その後輩は姿を消したのだ。
結論からいえば無事に彼は保護されるのだが、
妹は東北の彼の実家にまで訪れ、
「こういうタイプの病気は入院を嫌がりますから
いざとなったらだまし討ちにしてでも家族で入院をさせたほうがいい」
とあれだけ僕のやり方を恨んでいる人のどの口を使うとそんなアドバイスが
できるのか?という類いのことを知ったかぶった。そもそもうつ病と
双極性感情障害では病気も違うし躁状態の人より鬱状態の人の方が
はるかに病識が高い、と聞く。
母が知っていた事実はうつ病の後輩の面倒を見ている、ということ、
その後輩が失踪した、ということだけだったが、それだけで
十分、妹のスイッチが再びヤバいことになりかけている気がした。
僕が詳細は知らないと言いつつ、なぜここまでの事実を知っているかというと
後日、僕は妹の会社の社長とけっこうなやり取りをする羽目になる。
なぜ僕が妹の会社の社長とコミュニケーションをとるのか?
そう、妹のスイッチは間違いなく入りかけていた。