母は妹に質問する。

 

「あなた病院でお兄ちゃんに謝っていたじゃない?」

「あれは退院を早めるための方便よ」

 

確かに妹の病状は改善されていた。でなければこんな小賢しい計算など

できないだろう。

いったい、病気が進行しめちゃくちゃやられるのと

オリジナルの個性が都合よく病気を利用しやりたい放題と

家族にとってはどちらが良いのだろう?

 

家族の想いと病人本人の想いは一致しないどころか反比例しているような

ところがある。

 

退院したての妹が服用している薬はおそらくかなり強い。朝もなかなか起きれないし、

一日中だるい。何をするにせよ、無気力だ。

 

妹のようにプライドが天井知らずの

人間にとっては耐え難い屈辱と絶望と未来に対する不安があるだろう。

 

一方で同居する両親からみれば、朝は遅いわ、母が作ったご飯をただ食べ、

後片付けもしない。当然、部屋は散らかしっぱなしだ。一日中ゴロゴロし、

復活の狼煙が上がったかと思えば、僕や父に対する呪いの呪文を叫ぶ。

 

これが健常者なら噴飯ものの娘に違いない。温かく長い目で見なければ

ならないのだろうが、30を過ぎてゴロゴロしながら時にキレまくる娘に

不安を感じずにはいられない。

 

妹の気晴らしはピアノだ。3歳から手習いしているのでかなり上手い。

元々はクラッシックだったが、J-Popもお手のものだ。僕が実家に

電話したときも彼女はピアノを弾きながら歌っていた。

 

「♫心配ないからね!信じる事さ!必ず愛は勝つぅ!♫」

 

心配ばかりだし、何を信じれば救われるのか?分からないし、

誰の誰に対する愛が勝つ、と言うのか?

 

妹の愛はあろうことか、またしても動物に向けられた。