病気の妹は厄介だが、病識のあるオリジナルの妹もなかなかに厄介だ。

妹は気に食わないことがあると深夜でも寝ている母の寝室に押し掛け

数時間に渡り抗議するのだという。退院当初、やり玉に上がっていたのは

早々にバトルを交わした父についてだったが、ブームが去ると次に

やり玉に上がったのは僕だ。

 

妹の「気に食わない」ことは現在の話ではない。過去に遡り、さらに

でっち上げに近い内容もあるのでネタが無尽蔵に出てくる。

妹はまず無理矢理、インドで入院させたやり方、日本の病院に入院させた僕の

やり方について批判を繰り返した。

 

「私は説得に応じ帰ろうと思っていたのにお兄ちゃんが無理矢理

 インドの病院に入院させた」

 

「自由を奪われ、食事をする事も許されず、病院も選ばせてもらえなかった。」

 

この中で正しいのは「無理矢理インドの病院に入院させた」ことと

「自由を奪われ病院も選ばせてもらえなかった」ことだ。

正しくは「もはやインドで妹の身柄を保証する物は何もなく、説得にも全く

応じない」から入院させたのであり、「無事に日本に連れて帰るためには

言うことを聞いてもらう必要があり受け入れ先の病院を予め決めておいた」のだ。

道中、食事は恐ろしいほど食べていた。

 

面倒くさいのは一部の事実を認めてしまうと、そこをしつこいほど

突っ込んで来る。最初は事情を知っている母は反論を試みたが

 

「すぐそうやってお兄ちゃんをかばう!えこひいきだ!」

「あなたはずっとお兄ちゃんばかりをかわいがってきた!」

 

反撃がすさまじい。深夜に数時間、それも毎日やられたらたまったものではない。

実家に出入り禁止の僕はその現場にいない。母から話を聞くだけなので

腹は立つが精神的な負担は少ない。しかし母がまず白旗を揚げた。

 

「インドでのあなたのやり方は少し間違っていたかもね」

 

僕にも呵責や反省はあるが、正直、母に言われると傷ついた。

まじめに言っているのか?これが洗脳というやつか?とも思った。

心理テストで「客観性がある?」という質問で「イエス」と即答していた母に

客観性などない。後日、この件を母に言っても「そんなこと言ったかしら?」と

本当に忘れたのか?忘れたふりなのか?すっとぼけている。

 

僕は信じられないことを信じ切っている新興宗教を思い出す。

僕は「記憶にありません」と言った政治家を思い出す。

 

我が家には思ったより政治と宗教の世界がはびこっている。