妹が入院して2ヶ月、僕が妹を見舞ったのは4回だけだ。
医師の事情聴取のとき、ユニクロを届けたとき、そして退院のとき。
もう一回は彼女がどうも好転したらしいという知らせを受けたときだ。
僕が訪れても妹はもう売店で買い物をせがむこともなかった。
おとなしさが彼女本来のオリジナルのパーツにはないので、妙に静かなのが
不気味に思えた。
それでも彼女は医師の前でこう言った。
「お兄ちゃん、いろいろ迷惑かけてごめんなさい」
このときも僕は涙を流しかけた。これが物語であるならば感動の大団円だ。
しかし現実は恐ろしい。阿呆にも感動しかかっている僕や母は妹の
恐ろしい計画にこれっぽっちも気づいていない。しかし妹のこの言葉によって
入院は強制的なものから任意入院に切り替えられる。
この医師の判断は正しいと思う。もし妹が好転してなければ、妹は計画的に
僕に謝るなんてことはしない。罵りながらもその直後にウェハースやユニクロを
買わせるという離れ業を続けていたことだろう。妹は正常に戻りつつあるからこそ、
彼女はそのオリジナルの個性から医師の前で反省の弁を述べ、退院を早めさせた。
いつまでも僕たち家族は妹に振り回され続ける。
この病気は簡単に治らない。正確には妹の場合は治らなかった。
本当の「続 妹のねじ」はここから始まる。
妹の入院生活は物語のプロローグに過ぎない。
妹が入院しているときが家族にとっても一番心が休まる、そう思い知らされるのに
さほど時間はかからなかった。そしてまた妹との悲喜劇が始まる。
こうして妹はインドを含め3ヶ月半に及ぶ入院生活を終え娑婆に出た。