島田くんと連絡がとれなくなって、とらなくなって1ヶ月以上が過ぎた。

 

僕は友人と渋谷のラブホ街の中にある中華料理店で紹興酒を飲んでいた。

ここはヨダレ鶏が旨いと昔、島田くんも連れてきた事がある店だ。

 

連絡をとらないことが、実は僕にとっても休息の時間だった。

僕の中でも島田くんとの奇妙で濃密な時間が薄れつつある。

そんな休息の時間の中に島田くんは突然やってきた。

 

中華料理店の扉を開けて入ってきたのは島田くんと奥さんだった。

 

「いやだなあ、先輩、なんでいるんですか?困るなあ。」

 

照れ笑いのような笑顔を見せながらもじもじしている。

繰り返すがこの店の常連は僕で、かって僕が島田くんを連れてきたのだ。

会いたくないのなら来なければいいのは島田くんの方だ。しかし彼の言い方には

屈託がなかった。僕らは4人で同じテーブルを囲んだ。奥さんとは面識もないので

島田くんが今回の話をどこまでしたのか?も分からない。だからヨダレ鶏を

食べながらこの話題を持ち出すことはできなかった。島田くんは

 

「な!ここのヨダレ鶏旨いだろ!この痺れるような辛さが好きなんだよ!」

 

と知ったかぶる。でも奥さんは辛いものが苦手だった。

 

あの話をしなくても彼の立ち居振る舞いが彼自身のオリジナルを証明していた。

島田くんは僕の知る島田くんだった。

 

その後、僕と島田くんは2人きりで渋谷のバーに繰り出した。

最近、聴いたレディオヘッドの新譜や園子温のえげつなさについて

話した。塚本晋也やアークティックモンキーズの話もした。

要は好きな映画や音楽の話ばかりした。

 

連絡がない間、どうしていたか?そんなことはどうでもいい。

今こうして僕らは酒を飲んでいる。

 

結局、病名は何だったのか?そんなことはどうでもいい。

きっと統合失調症か双極性感情障害か?たぶんそんなだ。

 

なぜ今まで僕に連絡をよこさなかったのか?どうでもいい。

それが僕の知る島田くんのオリジナルの無礼さだ。

 

いまこうして僕らは酒を飲んでいる。朝まで飲んで島田くんと渋谷駅で別れた。

島田くんは何度か振り返り手を振った。たぶん、次に会うのは気が向いたとき。

2ヶ月後か半年後か1年後か?それでいい。

 

 

別れた後、島田くんは3時間後、山手線で3周したころ上野で目を覚ます。

 

 

 

 

          妹のねじスピンオフ企画    島田くんのねじ  終わり