島田くんの奥さんにも会った事がないのに、元カノと電話で話す事になるとは

思わなかった。

 

「俺は無罪を勝ち取らなければならないんだけど、村岡先生が裁判官で

 先輩が弁護人じゃあ、どう考えても有罪になっちゃうよ!」

 

森ちゃんにさっきとぴったり同じ事を島田くんが言う。

 

「有罪とか、そういうのの為に病院に行こうと思ってません。

 僕は彼が入院の必要があるとも思っていません。ただ、普段とは

 様子がちょっと違う。安心する為にもクリニックに行って

 看てもらうのが一番だと思う。もし統合失調症と診断されても、

 別の病院にも行く訳だから。」

 

結局僕もぴったり同じ質問を繰り返す。

森ちゃんは僕に島田くんはやはり少しおかしい、と言う。

その上で、以前、入院したときよりは状態がはるかに良い、と僕を安心させてくれた。

 

森ちゃんは島田くんにじっくり何かを説明してくれている。島田くんの反応から

それが病院に行くべきだ、という内容だと伝わる。

 

森ちゃんは僕が持つ島田くんの欠片を共有できる数少ない人物だった。

僕よりもその数は多く、島田くんの性格を熟知した上で説得しているように思う。

 

森ちゃんの電話越しでは赤ん坊の泣き声がしていた。彼女もまた別の人生を

きっと歩んでいる。そういう意味では元カレの電話なんて迷惑だろう。

 

「分かった。病院行くよ」

 

なぜ僕の説得ではダメで、森ちゃんの説得には応じるのか?少しヤキモチを焼く。

 

「森ちゃんも幸せになってよ!子ども生まれたんだ!ちゃんと育ててさ!

 応援してるから」

 

病気になっても優しさを忘れない島田くんには感心するが、幸せを望むなら

別の道を歩んでいる元カノに電話なんかしない方が良い気がするし、

今の島田くんの応援なんて何の役にも立たない。

 

予定では駒沢大学から電車で武蔵小山に向かい、乗り換えの道中、渋谷で

島田くんとお昼ご飯を食べようと計画していたが、説得に2時間以上費やした。

さらに僕はすっかり彼と電車に乗る自信がなくなっていた。

 

島田くんの自宅を出るとすぐさま左手を揚げ、タクシーを止める。

これが島田くんのねじのクライマックスだったと後から気がつく。