深夜4時に電話が鳴る。ここ数日、島田くんからの電話が鳴り止まない。
「先輩!俺、治ったかもしれません!」
喜びで声がうわずっている。そんなに簡単には治らない、それは素人の僕でも
分かる。昨日まで小学4年生の計算ドリルが解けないと悩んでいた島田くんが
なぜ今日、いきなり治るのか?
「いま、計算ドリルをやったら、全部解けたんです!。全問正解なんです!」
やはり僕は島田くんはどこかおかしいと思う。夜中の4時に小学4年生の
ドリルを解き、全問正解だといって喜ぶ大人が正常なはずがない。
ますます不安が募り朝、彼の家へと向かう。厄介なのは島田くんの意向が
病気の再発の可能性を奥さんには知られたくない、ということだ。
さらに奥さんは妊娠している。たしかに負担をかけたくないという気持ちは
分かる。しかし僕から見ても変なのに一緒に暮らす相棒に
このエキセントリック島田くんはどう映っているのだろう?
奥さんが仕事に出かけたのを確認し彼の家のインターフォンをならす。
部屋は奇麗に整理整頓されていた。奥さんにおかしいとバレない為に
常に掃除や洗濯をすることを心がけているという。
いや、むしろそれがおかしい。島田くんはだらしがない。僕の会社にいた頃には
自分のデスクに使用済みの糸楊枝を数本並べておけるほど、だらしなさの逸材だ。
それが結婚して変わったというのだろうか?
奥さんにバレるバレないが島田くんの最大の心配事だが僕の心配は
他にもある。もし島田くんが本当に統合失調症の再発で、病気のギアが
トップに入った時、彼は妊娠中の奥さんに暴力などふるわないものなのだろうか?
僕には統合失調症という病気を目の当たりにした経験がない。しかし、
双極性感情障害の妹はよく包丁などを持ち出し母を脅していたのは知っている。
それが本気でないにせよ、そんなことされたら、島田くんの
負担をかけたくないなんていう想いは雲散霧消してしまうだろうし、
何かの弾みで傷つけてしまうことだってあるかもしれない。
いつの間にか僕の島田くんを見る目が
負のスパイラルの中をグルグル回ってしまっていた。
僕がその心配を伝えると島田くんも
「僕も考えていました。だから一時的に入院したほうが良いんじゃないかと…」
島田くんの負のスパイラルは僕よりもだいぶ先でグルグル飛躍していた。
しかし同じ負のスパイラルにいた僕はその可能性についても考えてしまう。
妹のように強制的に入院するのではなく、中には自発的に入院する患者も
いると聞いたことがある。
「でもその前にやっておきたい事があるんです」
ただでさえ、精神疾患の疑いがある人には慎重に丁寧に冷静に話を聞く癖が
ついている。やっておきたい事とは?
「トイレをきれいに掃除しなければなりません。よく汚いって嫁に
怒られるんです。」
完全にプライオリティは崩れている。そしてこの男のトイレにまつわる話は
けっこう忌々しい。