見ようによっては島田くんはいつも無礼だが屈託がなかった。
何事にも興味があり生きることに前向きにも思える。優しさも感じるし
純粋さもあり、人懐っこく、そういう人に好かれる要素が負の図々しさを
補っているように見えた。
僕が当時、気になったのは羞恥心のあり方だ。島田くんに羞恥心はある。
が、たまにどこかに置き忘れている。指摘すると今さらながら自分が
恥ずかしいことをしたことに気付き、もだえるように笑いながら、
「もう止めてください!もう勘弁してください!
あぁなんで、あんなことしたんだろう?
いやきっとしてない!してないことにしよう!」
などと一人上手な解決法でごまかす。
僕の会社に島田くんの後輩で澤田由紀子という人間がいる。彼女は
物覚えが悪く、かといってメモをとるわけではないので、ある時、
僕にこっぴどく叱られた。数時間後、澤田(島田くんを含め、みな澤田と
苗字を呼び捨てにする)が帰宅し、ちょうどそのとき島田くんは
トイレにいた。澤田のデスクを見るとパソコンの受信メールが
開きっぱなしになっている。覗くと「ゆきちゃんへ」というタイトルだった。
叱られたあとに会社のパソコンで個人メールかよと思ったが送信したのは
島田くんだった。
「ゆきちゃんへ
僕も1年生のころ、よく怒られたな。懐かしく思い出します。
ドンマイだよ!ドンマイ!
今度、あそこの喫茶店でサンドウィッチでも食べようよ!
それで今日の事なんて吹っ飛ばそうぜ!
君を応援している先輩より」
これはいったい何のつもりだろうか?もちろん島田くんと「ゆきちゃん」に
男女関係はない。いや男女関係があったとしても、かなり恥ずかしい。
背中に世界地図級のじんましんができそうなくらい、痒い。
気がつくと他の社員が5人ほど僕の背後からパソコンを覗き込んでいる。
励ますにせよ、もう少しやり方があるはずだ。
これを開きっぱなしにして帰宅した「ゆきちゃん」もだいぶ酷い。
島田くんの姿が見えないので電話をかける。
「はい?」
小声だ。反響具合から言って彼はまだ白い円形状の容器の上に座っている。
僕は島田くんの名文を読み上げた。
「ゆきちゃんへ
僕も1年生のころ、よく怒られたな。懐かしく思い出します。
ドンマイだよ!ドンマイ!…」
「え?ええぇ?何ですか!?それ。やだ、やだ、やだ。
死にたい!死にたい!あぁぁぁ、あいつなんで!?澤田はなんで
それ見られちゃってんだろう?あいつ殺す!まじで殺す!」
たぶん白い容器の上で島田くんはもだえている。彼はどこかに置き忘れてきた
羞恥心を今、取り戻した。
その日彼は職場には戻らずトイレから直帰した。