山田さんと搭乗口で別れ、出発の時間を待つ。またしても妹がお腹がすいたと
言うので、軽食のコーナーでシーフードのカレーとチーズの入ったナンを買い与える。
「お兄ちゃん、あれも食べてもいい?」
カウンターの脇に置かれているホットスナックのコーナーを指差す。
妹はさらにサモサを2つたいらげた。異常な食欲が恐い。
僕はこの人を本当に日本に連れて帰れるのか?
トイレに行きたいというが、機内まで我慢させる。かわいそうだが今が一番手薄で
もし逃げられたら誰の助けも借りる事ができない。
搭乗のアナウンスが始まる。一刻も早く機内に入り、扉を閉め、インドを飛び立って
もらいたい。シートに座るとまず薬を飲ませる。今のところ、妹は僕が
許可しないことには素直に従っている。
今気がついたが、僕はおかしくなったこの人と一緒に行動した事がない。
この人の一挙手一投足が油断ならず、一瞬も気を抜けない。機内のアナウンスで
機長の紹介がされると
「機長が知り合いかもしれないから挨拶してくる」
などと訳が分からない事を言う。当然、阻止する。
トイレも扉の前まで着いて行く。いつトイレに行くと言い出すか分からないから、
睡眠も取れない。逆に僕のトイレは妹が寝ているときに限られてしまった。
大食いファイター並みの食欲はとどまる事を知らず、
機内食をあっという間に完食する。まったく食欲が失せた僕の分も片付けた。
それでも具合悪そうにする妹にCAが
「お客様、ご気分が優れませんか?何かお持ちしましょうか?」
妹のかわりに間髪入れず僕が答える。
「この人は精神疾患の疑いがあり、僕が付き添っています。
お願いですから刺激しないでください」
CAは普段通りの業務と親切心しかなかったはずだが、受け入れる余裕が僕にない。
相当な知覚過敏が僕の全身を支配していた。
海外渡航で一睡もしなかったのは、これが初めてだ。
夜が明け、日本の国土の輪郭が見えてくる。