成田に着く。本当ならここに島田くんや五島、副代表の川崎さんや両親が

いるはずだったが、今日、僕が降り立った空港に僕の知り合いはいない。

 

成田でシンさんと別れ、実家へと向かう。インドで入院したとはいえ、

妹がインドの病院で劇的に快方するとは考えにくい。こちらで薬を

指定した事でインドでの治療は制限されることになるだろう。いずれ、

日本に連れて帰り、妹を日本の病院で看てもらう。これが僕の次の

目標だった。

 

それまでに妹の身辺を整理する必要があった。まず最初の懸案は

「犬のシャンプー」でおなじみムツゴロウだ。ただでさえ妹は

インドにいる。僕が再びインドに行く目処は全く立っていない。

妹の団体の副代表川崎さんに預かってもらっているが限界があるという。

 

まずは両親とムツゴロウをどうするか相談する。僕は父の最悪の

リアクションを予想していた。きっとあの父なら言うだろうという事が

想像できてしまった。

 

「ムツゴロウどうする?このままにしておけない」

「処分しろ!」

 

予想通りで最悪のリアクションが即答すぎて返す言葉がすぐに出ない。

この男は自分の言っている事に自信がありすぎて良心の呵責が入る隙間がない。

予想はしていたが父のこのプランに従う気はなかった。父は言うだけで

実行するのは僕だ。妹だけでもトラウマなのに犬のトラウマまで作りたくない。

 

「あの子は入院し、いま絶望のどん底だよ。退院してもしばらくは

 それは変わらない。そんな時、ムツゴロウが処分されたと知ったら

 どう思うだろう?せめてムツゴロウが生きているってことが

 彼女の支えになるんじゃない?」

「犬に対してムツゴロウ、ムツゴロウ言うな!犬は犬だ!」

 

いささか見当違いの答えが返ってきたが、僕は父を誤解していた。

ムツゴロウを「ムツゴロウ」と認識する事で情が移るのを父は恐れていた。

事実、父は僕の意見そのものに反対していない。それどころか次の日、

 

「知り合いに牧場をやっている奴がいるからそこに連れて行け!」

 

この程度で感心されてしまう父のレベルも知れたものだが、父にしては

上出来だ。僕は伊豆の川崎さんの家にムツゴロウを引き取りに行く。

川崎さんは牧場まで付き合ってくれた。移動中、後部座席に陣取る

ゴールデンリトリバーのムツゴロウはずっと流れるように映る車窓を

眺めていた。大人しい犬だ。

まあ彼も妹のもとで波瀾万丈に付き合わされるよりは牧場でのどかに

暮らす方がはるかに幸せだろう。

 

余談ながらムツゴロウは女の子だった。なんだって妹は女の子に

ムツゴロウと名付けたのか?さっぱり分からない。彼女は牧場で

「小春」と改名されソフトクリーム売り場のアイドル犬として活躍する。

 

さよならムツゴロウ。幸せになってね、小春。

 

帰り道、川崎さんが言う。

 

「お兄さん。妹さんが借りているレンタルボックスがあるの知ってます?」

 

また対処しなければならない問題が一つ増えた。