大使館付きの医務官が医師に僕が渡した薬の説明をする。

医師は深くうなずきながら僕に病気の説明をする。

 

「この病気は物欲が激しい、性欲が激しい、権力欲が激しい」

 

英語が不得手の僕が理解したのはせいぜいこのくらい。

医師のコメントを聞きながら僕も危ないな、と思う。僕は買い物好きで女好きで、

えばりん坊だ。まるで自分の事を言われているようでバツが悪い。

しかしこの医師は双極性感情障害を理解しているように思えた。

妹は薬が効いたのか、すっかり寝ている。

 

妹が入院した病院は3階建ての白い建物で、日本のレベルでいうと

昭和30年代のコンクリート建築といった古さだが、不潔と言う訳でもない。

一般の病棟は冷房すらなかったが、妹の部屋は冷房とシャワールが完備で

中に24時間態勢の看護師と警備員が付く。

扉の前にはさらに24時間警備員が立つという。

いわゆるVIP待遇だ。後から一泊、部屋代だけでおよそ3万円と知り、

たまげたが、妹を一人インドに残すのだから仕方ない。

 

「後日、日本で治療する際、必要なので指定された薬以外は使わないでほしい。

 もし必要があり使った場合は何の薬を使ったか明確にしてほしい」

 

と医師にお願いする。明日細かい打ち合わせをする約束をし病院をあとにする。

今日一日の喧噪を考えるとやっと一息つくことができたが

よく考えると何も解決していない。母に電話をする。

 

「自分では精一杯やったつもりだけど、あの子を日本に連れて帰ることが

 出来ず申し訳ない。」

 

母は状況が分からないなか、だいぶ待たされていたせいか、

いろんな覚悟をすでにしていた。

 

「ご苦労様。今日はゆっくり休んで。」

 

気がつくともう11時だ。大使館員も帰り、救急車で来た僕とシンさんだけが

病院の外に取り残された。

日本のように電話すれば来てくれるタクシー会社なんてない。大通りは

すぐ目の前なのだが針金をゴムで覆った網目の壁が目の前に広がり

大通りに出る事が出来ない。

 

「ああ。ココカラ出ラレルヨー!」

 

シンさんが指をさした先は編み目の壁が破かれた小さな穴だ。

僕たちは一人ずつ背を丸めながらその穴をくぐる。見知らぬ国の

見知らぬ場所の網の目の壁の穴をくぐるアラフォーの日本人…。

この光景を見た人は誰も想像できないであろう。さっきまで僕が

何をしていたか?どんなにも壮絶だったか?

 

大通りに出てもタクシーすら通らないので僕たちはリキシャに乗る。

三輪車の荷台が客席という簡易タクシーだ。風がぬるい。

車で40分かかる道のりだからリキシャだとおそらく僕がホテルに着いたのは

1時間後だ。

 

これで終わりではない。ハンダへの事情聴取が待っている。