若ければ経験がなくとも失敗を恐れることもない。

しかし歳をとって経験がないということが、これほど不安にかられ、

決断を鈍らせオロオロする羽目になるとは思ってもいなかった。

 

インドに行く準備は整った。人も集めた。しかし精神疾患の人を説得した経験が

ないため、説得できる自信が全くない。説得に失敗したとして嫌がる人間を

捕まえた経験もないから、無事に帰国の機内に妹を乗せることが出来るのか?

シュミレーションしても想像できない。よしんば成田に行き着いたとして、

僕と両親だけで妹を病院まで連れていくことができるだろうか?

クリニックの村岡先生は

 

「躁状態の人を捕まえるって屈強な男の人が数人がかりでも骨が折れますよ」

 

島田くんは

 

「人を無理矢理、捕まえるって、捕まえる側もトラウマになりますよ」

 

そうかもしれない。課題は成田からどうするか?島田くんがああ言うのだから、

僕からは人に頼みづらい。しかしボランティア団体の副代表の川崎さんには

協力を依頼した。ここまでで二の足を踏んでいると

事情を知る僕の親友、五島から電話がある。

 

「妹迎えにインドに行くって?」

「うん。」

「俺、成田まで迎え行ってやるよ」

 

持つべき物は友だ。後から知ったがこの件で僕が悩んでいることを

人づてに聞き申し出てくれたのだという。

島田くんも自分の過去を思い出すから嫌だ、と言いながらも

巻き込まれたように成田には来てくれるという。しみじみ妹にもこういう友人が

いたら妹は病気になっただろうか?妹に関わってからついぞ目にしなかったのが

「古くからの友人」だ。短絡的にはいえないが、妹は孤独だったのではあるまいか?

僕はボックスタイプのタクシーをチャーターし、準備を終える。

 

出発前夜は実家で過ごした。

 

「たぶん僕は一生、妹に恨まれることになる気がする」

 

事実はどうであれ、この数ヶ月が気分的に妹の絶頂期だったはずだ。

団体を立ち上げ、代表としてボランティア活動に挑み、視察旅行で

生涯の伴侶と出会う。そのすべてを僕が潰しにいく。

 

「そんなことない。病気が治ればあの子だって分かるはずだし、

 まず私たちがそんなことにはさせない」

 

父と母が珍しく口を揃えて言う。そんなこと滅多にないので少し感動したが

後日、この発言は見事に裏切られることになる。しかし今の僕には充分だ。

朝、早いので張り切って11時には寝床に着く。

 

忘れていた。夜中3時に実家の電話が鳴る。二日後に対峙するはずの妹だ。