母からの電話、内容は分からなくてもそれだけで嬉しかった。
「ごめん、あなたが正しかった。インドの大使館から連絡があった。
お嬢さん、これまで病歴ありますか?って聞かれた。
ダメだ。あの子、もう病院に入れるしかない」
あの母が僕に頭を下げた、それだけで充分だった。日頃、僕は自分を
斜に構えたシニカルな人間だと思っていたが案外、単純なんだな。
それにしてもインドの大使館から電話ってなんだ?普通、海外に行って
大使館のお世話になることなんてない。電話を受けた母ですら「何か
トラブルがあった」ということしか掴んでいないのに僕に分かる訳がない。
「こっちから電話しても、あろあろ言うばかりで話が通じないの」
あろあろってなんだ?さっぱり要領を得ない。母と相談しこの後、
インドの大使館との連絡は僕の役目になった。インドとの時差を確認し
早速、電話をかける。出たのはインド人女性だった。
「ハロー?ハロー?」
母が言ってた「あろあろ」はおそらくこれだ。僕は片言の英語で
妹の名前を告げ、日本人への取り次ぎを頼む。僕が妹の名前を告げたとき
受付のインド人女性がクスリと笑った気がする。対応してくれたのは
一等書記官の山田さん。彼とは奇しくも長い付き合いとなる。
山田さんの話では、どうも妹はホテルに泊まる度にトラブルを起こし
デリーの主だったホテルには、もはや宿泊することが出来ないのだという。
昔、THE WHOのキースムーンがホテルに車で突っ込んでホテルから
出入り禁止になったと聞いたことがあるが、妹の場合、どうすると、
そんな多くのホテルから出入り禁止を食らうのか?
「詳細は私も分からないんですが、妹さんデリーの警察に拘留されまして、
それで私のところに連絡が入った、というわけです。」
なるほど、母だけでなく僕も何かトラブルがあった以外さっぱり分からない。
「妹の病歴をお尋ねになったそうですが妹に会いましたか?」
「はい。昨日お会いしました。」
「そのときに何かおかしいとお感じになった?」
「正直にいうと分かりません。実はインドに来て私たちが関わる日本人って
けっこうおかしな人多いんです。妹さんの場合、コミュニケーションは
取れるんですが、人のふんどしで相撲を取っているというか、話が
大きすぎてつじつまが合わないというか…」
よほど変な日本人の扱いに慣れているのか?山田さんは努めて冷静な対応に
思える。山田さんには、こちらでも対策を練るから変わったことがあったら
連絡が欲しい、とお願いし電話を一旦切る。
とはいえ対策なんて何も浮かばない。とまた携帯電話がなる。ぎょっとした。
国際電話だし、大使館とは今、話をしたばかりだし。そう、あの妹だった。
一瞬にして2週間前の日常が戻ってきた。