心療内科で本人が不在でも家族相談をしてくれる、なんてこと想像もしなかった。

僕が電話をすると、予約でいっぱいで、急ぎなら診察の一番最後で

待たせるかもしれない。それでも良ければ17時に来てくれ、というので

17時にアポを取る。焼き鳥の香りのする武蔵小山の駅前からにぎやかな

アーケードを抜けた先にその心療内科はあった。

強い雨が路面を叩く。五月の雨はぬるく、それでも濡れると体を冷やすので

僕は嫌いだ。2階の扉を開ければそこが心療内科だ。傘立てに傘を置き、

僕は扉を開ける。

 

クリニックというにはほど遠い景色が広がっている。

秋葉原のフィギュアショップと言った方がピッタリだ。全てが綾波レイか

惣流アスカラングレーにしか僕には見えないフィギュアがあちらこちらに

飾られている。壁一面はアニメの美少女ポスターでぎっしり埋め尽くされている。

目を凝らすと所々に「三島由紀夫」やら「カールゴッチ」やら「立川談志」やら

ジャンレスなようで、なんとなく頷けるような、エンターテイメントの深層が

垣間見えそうなポスターが紛れ込んでいる。やはりクリニックにはほど遠い。

 

待合室だと思われるその部屋には患者らしき男女が2人。女性は

ソファーに陣取り、なにやら漫画らしきものを静かに呼んでいる。

BGMは受付に陣取っている男性の話し声。180センチを超える長身で

真っ赤なパンツにピンクのハートが無数に描かれた七分丈のパンツに

黒のロングTシャツ、マリンブルーのバックパックという出で立ちで

おそらく20代だと思われる。男性は受付のカウンターに身を寄せながら

受付の女性に話しかけている。

 

「俺にさあ、言い寄ってくる女の子けっこういるのよ。でも何て言うか、

 そういうのダメっていうか、やっぱ自分から行かないとダメっていうか、

 それで人生、多くの恋愛の可能性を潰してるって思うんだよね。

 ヒッヒッヒッヒッ。」

 

きっとどこか悪いからこのクリニックに通っているのだろう。

異空間過ぎて自分の居場所が見当たらない僕は喫煙室に向かう。

2畳ほどの空間に入るとクラウスノミのポスターが目に飛び込んでくる。

マリアカラスに傾倒するロック歌手でおそらくミュージシャンの中では初めて

HIV患者として亡くなった異形のポスターだ。クラウスノミを知っている人に

出会う事もあまりないので少し親近感も感じるが心療内科という場所柄

ピッタリすぎて気持ち悪い。そこに先客がいた。この男性の背格好には

記憶がない。いきなり話しかけられて動揺してしまったのだ。

 

「君はどっち系?」

 

僕はこの先何度かこの手のクリニックや病院でこの手の質問を受けることになる。

しかしこの時はさっぱり答えが見つからない。僕の中に選択肢が見当たらない。

すっかり狼狽している僕にこの男が親切にも助け舟を出してくれた

 

「こころ?アルコール?どっち系?」

 

どちらかと言えばアルコール系だろうが、とにかく帰りたい、と思った。