僕は過去を振り返っている。結論は出ていないのだけれど、結果から言えば

間違っていたのは妹ではない。問題があったのはおそらく僕たちの対処法だ。

そう彼女は病気だっただけだ。

 

成人の僕と妹では暮らしている日常がもはや違う。仕事もプライベートも、

兄弟であると言う血縁関係をのぞけばアカの他人同様だ。

そんなアカの他人が突然、僕の日常にズカズカと土足ダッシュで踏み込んでくる。

当時の妹への印象はそういう嫌悪だった。その嫌悪にたいして僕は極力

関わらない心持ちでいたと思う。

 

病気に対する認識も甘かった。おそらくこの時点で僕の頭の中には

妹が「躁鬱病」であるという疑いを持っていた。

しかしそれが「双極性感情障害」という病名であることすら知らなかったし

調べもしなかった。世の中に蔓延する「病んでいる人」が、「本域」と

「風味」で分けられるとすれば、僕の病気に対する認識は多くの人が

「病んでいる人風味」だった。真剣味が足りなかったのかもしれない。

逆に「本域の病気」を僕は大げさにとらえていた。

妹の行動はおかしいけれど、言葉は通じた、会話ができた。

階段を10足飛びで上がっているように見えるけど具体的な行動も

起こしている。こんな人が病気なわけ?とも思っていた。もっと

おかしな人がいっぱいいるじゃん!と思っていた。

 

さらに問題は人を精神疾患であると断じる難しさだ。本人に病識があれば

まだしも、それが全くなければ、まともだと思っている人に

「あなたはおかしいよ。病気ですよ」と言ってやらねばならない。

しかし、目が見えなくなった人に「病院に行こう」とは言えても

心の目が見えなくなった人に、それも心の目が見えなくなった事に

気がついていない本人に「病院に行こう」と言う事は難しい。

本当に彼女は本域の病人なのか?間違っていれば人をむやみに

病気にしてしまう。その旗ふりを僕自身が行う、という勇気が

このときの僕にはなかった。

 

間違いだらけだった。しかし僕たちはこの時点で間違いに全く気がついていない。

そして、これまでの妹の行動は長い道のりのプロローグに過ぎないと言う事にも

全く気がついていない。

 

病気の妹と阿呆な僕がただそこにいた。