訳も分からないのに心臓だけが高なった。

その後も2度、妹から電話があり、出るのを止めようかとも思ったが永遠に

鳴り続けそうな勢いなので仕方なく彼女と話す。一年に一度あるかないかの電話が

今日だけで3年分だ。妹の話はこうだ。

 

エコキャップのNPOを立ち上げる。しかしエコキャップを実際に集めるのではなく

広める運動をする。そのために広告塔になってもらいたいからオノ•ヨーコに

手紙を出したい。

 

これは話として成立しているのだろうか?僕が理解できないだけだろうか?

僕が実家を出て一人で暮らし始めてから約25年。そのとき妹は8歳だった。

妹との歳の差は10。思えば彼女のこれまでを僕はあまり知らない。

 

しかし心臓だけが高なった。こんなとき、ってどんなときだか分からないけど

僕が電話ができるのは、いや、電話をしなければならない相手は母だ。

電話の向こうで僕が何かを発する前に母が真っ先に言った。

 

「あなたの所にも電話が来た?」

 

電話なのに母の何かを恐れているような表情が手に取るように分かった。

 

「今あいつ何してるの?」

「去年の8月から派遣で仕事始めたんだけど今年に入ってから凄い勢いで

 会社の不満を言うようになったのよ」

 

その勢いが尋常ではないのだという。部屋の壁を蹴飛ばし、泣きわめき

深夜早朝にもかかわらず誰かを電話で怒鳴りつけているのだという。

聞けば聞くほどその場に居合わせたくない。そして働き始めるより前、

妹はうつ病だといって通院していたという事実もこのとき初めて聞いた。

 

思えばこのときに打てる手があったなら打つべきだったのかもしれない。

しかし昨今、「わたしうつ気味なの」とか「MAXハイテンション」とか

自称病んでいる風味の人が多すぎて本域の精神疾患の恐ろしさを僕は

完全に軽く見ていた。妹に対する恐ろしさはあっても、病に対する認識が

乖離していたのだ。

 

このとき僕たち家族は妹というジェットコースターに乗ってしまっていることに

まだ気がついていない。絶叫マシーンは嫌いだ。乗りたいと言う人の気がしれない。

かのネズミの国の乗り物だって大半は乗れない。

でも僕たちは乗ってしまった。シートベルトも忘れたまま。

 

4度目の電話が鳴る。

 

「私、今日会社やめたから!」