11月11日
親会社を巻き込んで 東京でも私の名前が出るほど侃々諤々の調整の結果、やはーり広州へ来る事に。
2004年7月に広州から北京へ、 次は上海か? との期待はあっさり裏切られたわけである。
実は5月に転職したばかりで、この業界(WEB広告)のことは把握してるような、して無いような ふわふわ感が。
何気にもう3週間目です。頑張ってます。
さて、仕事はと言うと 大手相手に新しい事を提案し作り上げていくという事、もちろんプレッシャーもあるが結構楽しんでたりします、だって成長のチャンスでもあるし見聞が広がる訳ですから。早速成長しなければならない事がある!それは英語。。。 広州でお世話になる親会社のリーダー(日本人)は中国語できないので英語で指示を飛ばしまくり状態、もちろんその指示が通るような人材が集まってるチームですから。 でも基本は広東人な訳でリーダーとの話が終わると同僚と広東語。。。。 いやはや んで、リーダーから私への指示はもちろん日本語、んでその指示のもと私がチームと仕事をする時には北京語なんですよ。。。
ここまで多言語の中での仕事は初めてだけど、楽しんで行こう! とあまり意味の無い激を自分に飛ばしてるわけです。