なんやぁー いきなり この長い絵は
(見にくいですか)
見にくいに決まってるやろ
※
作 者: 岡本太郎
制 作 年: 1968年~1969年
制作場所: メキシコ
作品サイズ: 縦5.5m 横30m
怒りの爆発を描いた」とされる
これでいかがですか
(これで エエがな よう わかるがな)
でも これって 一部なんですよ
(えっ これで一部なん)
これが全容です
(角度が 強過ぎて わからんわぁ)
でも こうでもしないと全部が撮れないんですよ
(そんなん 知らんっ)
これで いかがです
(まだ見にくいな)
これでエエがな
(左右に柱が・・・)
「おっと すいません 失礼しました」
(誰に あやまってるんや)
はぁ じつは (じつは なんや)
ココは東京JR渋谷駅の連絡通路なんで人出が多いんです
(そら君 邪魔してるがな)
反省しています じゃー もう少し近くで見ましょう
(ぜんぜん反省してないがな)
岡本太郎氏は言っています (なんてや)
「壁画は趣味的な美術作品でなく、
社会に打ち出すピープルの巨大なマニフェスト(宣言)なのだ!」
岡本太郎
(そうか太郎さん わかったで 絵をゆっくり見せて もらいまっさ)
太郎さんって
(ええんや それにしても 毎日この大作を見れる人が うらやましいで)
第五福竜丸(だいごふくりゅうまる)は1954年3月1日
米国の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物(いわゆる死の灰)
を浴びた遠洋マグロ漁船の船名である
第五福竜丸はマーシャル諸島近海において操業中にビキニ環礁で行われた
水爆実験に遭遇し、船体・船員・捕獲した魚類が放射性降下物に被曝
実験当時、第五福竜丸は米国が設定した危険水域外で操業をしていたが
危険を察知して海域からの脱出を計ったが延縄の収容に時間がかかり
数時間に渡って放射性降下物の降灰を受け続けることとなり第五福竜丸の
船員23名は全員被曝し無線長だった久保山愛吉さんがこの半年後の
9月23日に血清肝炎で死亡した
後に米国は危険水域を拡大、第五福竜丸以外にも危険区域内で多くの
漁船が操業していたことが明らかとなった。
この時の水爆実験で放射性降下物を浴びた漁船は数百隻にのぼるとみられ
被曝者は2万人を越えるとみられている
第五福竜丸は被曝後、救難信号(SOS)を発することなく自力のみで
焼津漁港に帰港した。
これは、船員が実験海域での被爆の事実を隠蔽しようとする米軍に
撃沈されることを予測していたためであるともいわれている
それでは そろそろ 地球の神話とも お別れです
(違うやろ 「明日の神話」やで)
えっ 「明日の神話」ですか (そうや)
アースの神話って思ってましたぁ
(もうエエわぁ 君とはやってられんわ)チャンチャン

















