(1)問題

 

 

問題 次の文章を読み,以下の問一と問二に答えなさい。

 

①  AI社会では,ホワイトカラーが分断されるだけではなく,企業が洵汰される危険も大きいと想像できます。

 

②  (中略)基本的には,AIはあらかじめ設定された枠組み(フレーム)の中で,人間が与えた正解(教師データに基づいて分類問題や検索問題を解くことと,人間が設定した基準に沿って膨大な数の試行錯誤をシミュレーションなどで行い,強化学習を経て最適化をすることしかできません。例外的に,教師データを用いない「教師なし機械学習」の試みがあります。コストなどの理由,あるいは人間も正解が何かわからないような場合,とりあえず手持ちのデータを機械学習にかけて,大雑把に分類(クラスタリング)したら何かがわかるかもしれない,というときによく使われます。けれども,それではさすがに製造物責任は負えません。

 

③  現在の技術の延長線上にある近未来AIには人間の常識はわからないし,文章の意味もわからないし,人の気持ちもわかりません。表情や声のトーンのデータに「喜怒哀楽」のラベルをつけ,それを教師データとして用いることで,喜怒哀楽に分類することくらいはできるようになるかもしれませんが,それが限界です。ですから,AIがまったく新しいアイデアに基づいて自らベンチャー企業を設立することはできませんし,そのベンチャーが成功するかどうか,貸したお金が返ってくるかどうかの与信審査をすることもできません。担保主義の個人ローンの与信審査はできても,窓口で個別の問い合わせに答え,問題を解決することはできません。MRI画像から動脈瘤があるかどうかを専門家以上の精度で判定できても,それを取り除く外科手術はできません。AIにできるのは,基本的に生産効率を上げることだけで,新しいサービスを生み出したり問題を解決したりはできないのです(ただし,白内障の手術など定型的な手術はロボットで代替できる可能性はあります)。

 

④  高々そんなことしかできないAIが導人されることでなぜ経済や労働市場に破壊的な影響を及ぼし得るのでしょうか。

 

⑤  それを理解するには,3つの経済用語を理解する必要があります。

 

⑥  一つ目は「一物一価」です。「自由な市場経済において同一の市場の同一時点における同一の商品は同一の価格である」が成り立つという経験則です。自由な市場では,同じ性能の冷蔵庫は,札幌でも銀座でも,商店街の電器屋でも,大型家電量販店でも,同じ値段になるはずだということです。

 

⑦  2つ目は「情報の非対称性」です。「売り手」と「買い手」の間において,「売り手」のみに専門知識と情報があって,「買い手」はそれを知らないというように,双方で情報と知識の共有ができていない状態のことを指します。中古車市場がよく例に挙げられます。見た目は似ていても,片方は週末しか運転されていない無事故の車,もう―方は走行距離が30万キロ以上の事故車では,断然前者のほうに価値がある。けれども,買い手に自動車についての知識がまったくなければ,色が好きといったような理由で,うっかり後者を買ってしまったりする。ネットオークションでも情報の非対称性によるトラブルはよく起きます。

 

⑧  3つ目は「需要と供給が一致したところで価格は決定される」ということです。どれも,経済学の教科書の冒頭に書いてある概念です。

 

⑨  一方,デジタルとは「同時に多数の人々が情報を共有するための仕組み」です。

 

⑩  さて,ここからが話のポイントです。デジタル社会では,買い手と売り手の情報の非対称性が修正されるため,デジタル化される以前の市場に比べ,一物一価が達成される速度が速いのです。代表的な例が,価格ドットコムや楽天などが採用している,「最安値」を表示する機能です。特定の商品について,現在,どのお店が最安値で販売しているかがすぐにわかります。

 

⑪  かつては,家電量販店のチラシを見比べたり,量販店をはしごして安い商品を見つけたりしていました。けれども,それは自分の足で,あまり交通費をかけずに回れる範囲に限られていました。今やスマートフォンを使えば,日本中の店で,場合によっては世界中の店で,どの店が最安値で販売しているかがすぐにわかります。スマートフォンの普及は,消費者の消費行動を変えました。大型家電量販店に行って販売員から商品の説明を受けて購入する商品をまず決める。その店では購入せずに,スマートフォンで最安値の店を探して,通信販売でその店から購入する。当然ですが,そういう消費者が増えています。こうした状況が続けば,販売店は最安値の店の販売価格に対抗せざるを得なくなります。ですから,一物一価に辿り着く時間が短縮されるわけです。

 

⑫  一方,このような状況では,駅前に店舗を構え,専門知識を持った販売員を雇用している販売店はたまったものではありません。その現象を「ショールーミング」と言い,2017年9月に米トイザらスが破産した一因とも言われています。トイザらスで子どもにおもちゃを選ばせて,配送料無料のアマゾンで最安値の商品を購入する人が後を絶たなかったからです。

 

⑬  経済学者は,完全に自由な市場を理想とし,情報の非対称性や市場の独占を目の敵にしますが,実は,ショールームを確保しておくためのコスト,新しい技術を生み出すための研究開発費,商品の品質や安全を保証するための品質管理費などの費用は,まさに情報の非対称性や市場の独占によって,捻出されていた側面があります。

 

⑭  デジタルによる冷徹な価格比較と最適化による「一物一価」「需給の一致点での価格決定」達成の影響は,家電に留まりません。ホテルや航空運賃の値下げ競争により,多くの老舗ホテルや航空会社が破綻に追い込まれました。

 

(中略)

⑮  価格あるいは評判などの数値データについては,デジタル化によって瞬時に比較可能になりました。そのことだけでもすでにこれだけの影響を及ぼしています。そこにAIの登場です。

 

⑯  今はまだ「自ら検索し,情報を読み取り,比較できる賢い消費者」だけが。情報の非対称性を見破り最適化しているだけですが,AIに任せると「誰もが」そうできるようになります。そうなると,ほんの僅かな無駄なコストが企業にとって命取りになります。(中略)

 

⑰  コピー機にAIを導入すれば,人間が認識できない程度の色ムラを識別し,消耗品の交換時期や故障の予知ができるようになります。消耗品の発注は自動化され,メンテナンスを依頼する電話とその応対も不要になるでしょう。まさに,消費者と生産者との間の「情報の非対称性」によって利潤を得ていた営業という商慣習は,最適化に向かう市場の中では,消えていく職種かもしれません。その過程において,営業マンを抱えている必然性がなくなり,歩合制に移行する企業も増えていくことでしょう。

 

⑱  これからは,すべての企業がそういうことを考えなければならない。それがAIと人間が共に生きる時代の真の姿です。

 

⑲  AIにできない仕事=AIプログラマーと考える人々はあまりに短絡的です。確かに,AIを導入し,動かすところまではAIプログラマーは必要です。しかし,AIプログラマーはコスト削減を手伝う人々でしかなく,新しい仕事を生み出すわけではありません。

 

21  操り返しになりますが,AIは自ら新しいものは生み出しません。単にコストを減らすのです。本来はAIにさせることによってコストを圧縮できるはずなのに,それをしなかった企業は,市場から退場することになります。そして,一物一価に比較するまでの時間がどんどん短くなっていくのです。それがAIによって起こると考えられる,デイスラプティブな(破壊的な)社会変化です。この時代を乗り切れない企業は,破綻したり吸収されたりする前に,人間を苛酷に働かせたり,品質管理を疎かにしたりすることでAIに対抗しようとしがちになります。当然,職場はブラック化しやすくなり,不祥事が起きやすくなるはずです。

 

22  この事実を見ないふりをして,今のまま突き進むと,日本の企業の利潤率はさらに下がり,生産効率は上がらず,非正規雇用労働者が増え,格差が拡大し,一世帯当たり収入の中央値―平均値ではなく中央値です一は下がり続けます。そして,日本を代表する企業が一つ,また一つと消えていきます。

 

(新井紀子(2018)『AI vs 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社,263~270貞。一部略)

 

問一 本文中の傍線「高々そんなことしかできないAIが導入されることで,なぜ経済や労働市場に破壊的な影響を及ぼし得るのでしょうか」とあるが。著者はその理由をどのように説明していますか。本文の内容に沿って400字以内で述べなさい。

 

問二 本文の内容を踏まえて,あなたは今後大学で何を学ぶ必要があると考えますか。800字以内で述べなさい。

 

(2)考え方

 

問二

 

AIができることと、できないことを参考文から抜き出して、AIにできないことを自分が将来実現する、という文脈で考える。

 

AIにできないこととは、「新しいサービスを生み出したり問題を解決したり」すること。

 

AIがまったく新しいアイデアに基づいて自らベンチャー企業を設立する」ことはできない。

 

したがって、自分が将来、ベンチャー企業をスタートアップ(起業)し、新しい価値を創造する人間になる、という内容で書くこと。

 

 

(3)解答例

 

問一

デジタル社会では,買い手と売り手の情報の非対称性が修正されるため,デジタル化される以前の市場に比べ,一物一価が達成される速度が速い。スマートフォンを使えば日本中、世界中の店の価格や評判などの数値データをAIなどによって誰もが瞬時に比較可能になり、消費者は大型家電量販店では購入せずに,スマホで最安値の店を探して通信販売でその店から購入する。このような状況では,駅前に店舗を構え,専門知識を持った販売員を雇用している販売店は,新しい技術を生み出すための研究開発費,商品の品質や安全を保証するための品質管理費などの費用は,情報の非対称性や市場の独占によって,捻出されていた側面があり、ほんの僅かな無駄なコストが企業の経営状態を悪化させる。このようなデジタルによる冷徹な価格比較と最適化による「一物一価」「需給の一致点での価格決定」達成の影響は家電量販店に留まらず、他の業種の企業の破綻につながる。(395字)

 

問二

 世間では万能と思われているAIは人間の常識がわからなければ、文章の意味も人の気持ちもわからない。何よりAIにできるのは既存のデータの収集と解析、予測だけである。新型コロナウイルスや東日本大震災後の福島第一原発事故といった想定外の出来事が到来する不確実性の現代において、人々の安全と安心を担保し、新しい価値を創造することは人間にしかできない営為である。

 私は将来ベンチャー企業を立ち上げてアプリを開発して行政や企業に提供することを目標としている。アプリの開発には、もちろんAIなどのデジタルテクノロジーの知識やプログラミングの技術は必要であるが、開発自体をAIに任せることはできない。基本的な設計はあくまでも人間のトライアンドエラーによるものだ。

 たとえば、高層ビルで複数基あるエレベーターの最適化を考えてみる。ここで言う最適化とは、気候変動対策やコスト面から消費電力を節約する意味を表すのか、あるいはエレベーターの利用者にとって待たずに乗ることができるという意味を表すのか。同じ最適化でもエレベーターのパフォーマンスは前者と後者とでは大きく異なる。このような意味や価値の創造まではAIには判断できない。ときにはトレードオフの関係を持つ複数の選択肢のなかで、どの価値を優先するかはあくまでも人間が決めることである。

 これからもAIを初めとするデジタルテクノロジーはますます進展する。こうしたなか、効率だけを目指すのではなく、地球環境に配慮した人間中心の社会をデザインすることで、私は社会の持続可能性に貢献してゆきたい。(680字)

 

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