(1)問題

次の課題文を読んで,設問A。Bに答えなさい。
 
[ 課題文 ]
①  二五年ぶりにロ一マを訪れました。そこで気付いたことが二つほどあります。一つはアメリカの存在の小ささ,もう一つはアメリカの存在の大きさです。

②  ロ一マの町は観光客であふれています。耳を澄ますと。ドイツ語,日本語,中国語,フランス語,韓国語,英語ありとあらゆる国の言葉が聞こえてきます。四半世紀前にはどこに行っても英語しか聞こえてこなかったのに,何と言う様変わりでしょう。

③  ところが一歩,観光客相手の店に入るとどうでしょう。そこはアメリカが支配する世界です。どの国の観光客もなまりのある英語で店員と交渉しています。代金支払いもドルの小切手やアメリカのクレジットカードで済ませています。

④  かくも存在の小さくなったアメリカがなぜかくも存在を大きくしているのか。これはロ一マの町を歩く一人のアジア人の頭だけをよぎった疑問ではないはずです。現代の世界について少しでも考えたことのある人間なら、だれもが抱く疑問であるはずです。

⑤  アメリカの存在の大きさ――それはアメリカの貨幣であるドル,アメリカの言語である英語がそれぞれ基軸通貨,米軸言語として使われていることにほかなりません。
 
⑥  では,基軸通貨,そして基軸言語とはなんでしょうか。単に世界の多くの人々がアメリカ製品をドルで買ってもドルは基軸通貨ではなく,アメリカ人と英語で,話しても英語は基軸言語ではありません。

⑦  ドルが基軸通貨であるとは,日本人がイタリアでドルを使って買い物をし,チェコの商社とインドの商社がドル立てで取引をすることなのです。英語が基軸言語であるとは,日本人がイタリア人と英語で会話し、台湾の学者とチリの学者が英語で共同論文を書くことなのです。アメリカの貨幣と言語でしかないドルと共語が,アメリカを介在せずに世界中で流通しているということなのです。

⑧  ロ一マの町で私が見いだしたのは,まさに非対称的な構造を持つ世界の縮図だったのです。一方には,自国の貨幣と言語が他のすべての国々で使われる唯一の基軸国アメリカがあり,他方には,そのアメリカの貨幣と言語を媒介として互いに交渉せざるをえない他のすべての非基軸国があるのです。
⑨  もちろん。これは極端な図式です。現実には,非基軸国同士の直接的な接触も盛んです
し,地域地域に小基軸国もありますし,欧州連合(EU)や東南アジア諸国連合(ASEAN)のような地域共同体への動きもあります。だが,認識の第一歩は図式化にあります。

⑩  ソ連が崩壊したとき,冷戦時代の思考を引きずっていた人々は,世界が覇権国アメリカによって一元的に支配される図を大まじめに描いていました。だが,私が今見出した基軸国と非基軸国の関係は,支配と非支配の関係として理解すべきではありません。

⑪  確かに,ドルが基軸通貨となるきっかけは、かつてのアメリカ経済の圧倒的な強さにあります。だが,今、世界中の人々がドルを持っているのは。必ずしもアメリカ製品を買うためではあ|りません。それは世界中の人がそのドルを貨幣として受け人れるからであり,その世界中の人がドルを受け入れるのは,やはり世界中の人がドルを受け入れるからにすぎないのです。

⑫  ここに働いているのは,貨幣が貨幣であるのは,それが貨幣として使われているからであるという貨幣の循環論法です。そして、この自己循環論法によって,アメリカ経済の地盤沈下にもかかわらず全世界でアメリカのドルが使われているのです。小さなアメリカと大きなアメリカとが共存しているのです。
 
⑬  さて,基軸通貨であることには大きな利益が伴います。例えば日本の円が海外に持ち出されたとしても,それはいつかまた日本製品の購入のために戻ってきます。非基軸通貨国は自国の生産に見合った額の貨幣しか流通させることができないのです。

⑭  ところがアメリカ政府の発行するドル札やアメリカの銀行の創造するドル預金の一部は,日本からイタリア,イタリアからドイツ,ドイツから台湾へ,と回遊しつづけ,アメリカには戻ってきません。アメリカは自国の生産に見合う以上のドルを流通させることができるのです。もちろん、アメリカはその分だけ他国の製品を余分に購買できますから,これは本当の丸もうけです。この九もうけのことを、経済学ではシニョレッジ(君主特権)と呼んでいます。

⑮  特権は乱用と背中合わせです。基軸通貨国は大いなる誘惑にさらされているのです。基軸通貨を過剰に発行する誘惑です。何しろドルを発行すればするほどもうかるのですから,これほど大きな誘惑はありませんしだが、この誘惑に負けると大変です。それが引き起こす世界全体のインフレは基軸通貨の価イ直に対する信用を失墜^させ,その行き着く先は世界貿易の混乱による大恐慌です。

⑯  それゆえ次のことが言えます。基軸通貨国は普通の資本主義国として振る舞ってはならない,と。基軸通貨国が基軸通貨国であるかぎり,その行動には全世界的な責任が課されるのです。たとえ自国の貨幣であろうとも,来軸通貨は世界全体の利益を考慮して発行されねばならないのです。

⑰  皮肉なことに。冷戦時代のアメリカは資本主義陣営の、盟主として,ある種の自己規律をもって行動していました。だが,冷戦末期から、かつての盟友であった欧州や束アジアとの競争が激化し始めると,アメリカは内向きの姿勢を強めるようになりました。

⑱  近年には自国の貿易赤字改善の方策として。ドル価値の意図的な引き下げを試み始めています。とくに純債務国に転落した一九八六年以降,その負担を軽減しうる切下げの誘惑はますます強まっているはずです。

⑲  来軸通貨国のアメリカが単なる一資本主義国として振る舞いつつあるのです。大きなアメリカと小さなアメリカとの間の対立――これが二十一世紀に国かう世界経済が抱える最大の難問の一つです。

⑳  この難問にどう対処すればよいのでしょうか。理想論で済むならば,全世界的に管理される世界貨幣への移行を唱えておくだけでよいでしょう。だが、貨幣は生き物です。ドルは上からの強制によって流通しているわけではないのです。人工:的な世界貨幣の導入の試みは、エスペラント語の普及と同様,ことごとく失敗してきました。

21  世界は非対称的な構造を持っているのです。その構造の中で。基軸国と非基軸国とが運命共同体をなしていることを私たちは認識しなければなりません。

22  当然のことながら,来軸国であるアメリカは基軸国としての責任を自覚した行動を取るべきです。だがより重要なのは,非基軸国でしかない日本のような国も自国のことだけを考えてはいられないことです。非基軸国は非基軸国として、基軸国アメリカが普通の国として行動しないよう,常に監視し、助言し,協力する共同責任を負っているのです。

23  私たちは従来,国際関係を支配の関係か対等の関係か,という二者択一で考えてきましたが,冷戦後の世界に求められているのは、まさにそのいずれでもない非対称的な国際協調関係なのです。それはだれの支配欲もだれの対等意識も満足させないものです。だが、世界経済の歴史の中で一つの基軸通貨体制の崩壊は決まって世界危機をもたらしたことを思い起こせば,この非対称的な国際協調関係に賭けられた二十一世紀の賭け金は大変に大きなものであるはずです。

24  さて次は基軸言語としての英語について語らねばなりません。だがここでは,今まで貨幣について述べたことは言語についても言えるはずだ,と述べるだけにとどめておきます。それについて詳しく論ずるには,今よりはるかに大きな紙幅を必要とするからです。なにしろ歴史によれば,一つの基軸通貨体制の寿命はせいぜい百年,二百年であったのに対し,あのラテン語はロ一マ帝国減亡の後、千年にもわたって欧州の基軸言語としての地位を保っていたのですから。

(岩井克人「二十一世紀の資本主義論」筑摩書房。2000年より抜粋)
 
[設問]

A.筆者が25年ぶりにロ一マを訪れた際に気づいた「大きなアメリカ」を成立させている条件のなかで,通貨が,果たしている役割を課題文に則して200字以内で説明しなさい。

B.課題文は1997年に書かれたものであるが、その指摘は現在も生きていると思われる。一方,課題文で述べられている、支配関係は存在しないが,非対称的な関係にある事例は,ドルや英語における国家や個人の例に限らず,他にも存在すると考えられる。あなたが今後も続くと考える,支配関係は存在しないが,非対称的な関係にある具体例を挙げ,そこでの両者の責任についてあなたの意見を400字以内で書きなさい。具体例は,個人,組織,国家
は問わない。

 

 

 

(2)考え方


A.

以下の3点を盛り込んでまとめる。

(1)基軸通貨の定義

・代金支払いもドルの小切手やアメリカのクレジットカードで済ませています。③段落
・世界中の人がそのドルを貨幣として受け入れる。⑪段落

(2)世界の人々がドルを受け入れている理由
・その世界中の人がドルを受け入れるのは,やはり世界中の人がドルを受け入れるからにすぎない。⑪段落

(3)シニョレッジ
・アメリカ政府の発行するドル札やアメリカの銀行の創造するドル預金の一部は,アメリカは自国の生産に見合う以上のドルを流通させることができる。アメリカはその分だけ他国の製品を余分に購買できるから丸もうけとなる。⑭段落

 

B.

 

「支配関係は存在しないが,非対称的な関係にある具体例」を探すのがとても難しい。

 

たとえば、マスメディアで、メディアと読者・視聴者との関係は基本的に情報が一方通行であることから「非対称的な関係」ではあるが、情報操作や広告・宣伝でマスメディア(新聞・雑誌、テレビ・ラジオ等)が読者・視聴者を事実上支配しているので、具体例に当たらない。

 

SNSなどのニューメディアは情報の送り手と受け手とに「支配関係は存在しない」が、情報は双方向であり、「非対称的な関係」には当たらない。

 

そうなると、市場経済では生産者と消費者の関係は原理的には対等とされ、市場における需要(量)と供給(量)によって商品の価格が決定する市場メカニズムを書くのが妥当となる。

 

ただ、これには政治経済の知識が必要となり、社会で世界史・日本史の受講者は著しく不利となる。

 

 

 

(3)解答例


A
世界の人が代金支払いや小切手もアメリカのクレジットカードで済ませているように,非基軸通貨の国の人々がドルを貨幣として受け入れる基軸通貨としての役割をドルは持つ。アメリカ政府の発行するドル札やアメリカの銀行の創造するドル預金の一部は,自国の生産に見合う以上のドルを流通させることができ,アメリカはその分だけ他国の製品を余分に購買できるから丸もうけとなるシニョレッジが「大きなアメリカ」を成立させている。
(200字)


B
  市場経済において、商品の価格は市場における需要と供給の関係で決定するメカニズムが働いている。品質が悪く、高い商品を消費者は買わず、このような商品を供給している生産は市場から淘汰される。このような理由で生産者と消費者との関係には基本的には支配関係は存在しない。食品の流通において、食品は上流の生産者から下流の消費者に一方的に流れ、逆流はしない。このような意味で生産者と消費者とは非対称的な関係にある。
 こうしたなかで、生産者の責任としては、国民の健康を担う責任を持つことから、安全で安心な食品を生産する義務を持つ。また食品の生産において使用した添加物や農薬などの情報の開示をする責任を持つ。これに対して消費者は自身と家族の健康維持に責任を持ち、食品の産地を確認し、価格と添加物などを考量したうえで食品を選択する。こうした生産者・消費者双方の責任を果たすことで、公正かつ平等な市場経済が保たれている。(399字)

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