(1)問題

人口減少社会に対する展望について、以下の資料を参考にあなたの意見を述べなさい。

(北海道大学経済学部後期2016年改作)

資料
① 人口が減り続け、やがて人が住まなくなれば、その地域は消滅する。では、地域の「消滅可能性」は、いかなる指標で測ることができるだろうか。

② 結論からいえば、今のところ確固たるものはない。国土交通省・国土審議会の「国土の長期展望」の「中間とりまとめ」では、個別の生活関連サービスが維持できなくなる人口 規模について一つのモデルが示されているが、 人口減少により地域の社会経済や住民の 生存基盤そのものが崩壊し、消滅に至るプロセスは明らかになっていない。逆の「持続可能性」についても同様である。 

③ 本書では一つの試みとして、人口の「再生産力」に着目したい。人口の「再生産力」を表す指標には、出産可能年齢にある女性が次の世代の女児をどの程度再生産するかを示す「総再生産率」、さらに出生した女児の死亡率も考慮した「純再生産率」があり、 これらに人口移動率を勘案した指標が作成されることもあるが、ここではより簡便な指標として、人口の再生産を中心的に担う20~39歳の女性人口そのものを取り上げてみる。生まれる子どもの95%は20~39歳の女性の出産によるものだからである。20~39歳という「若年女性人口」が減少し続ける限りは、人口の「再生産力」は低下し続け、総人口の減少に歯止めがかからないといえる。 

④ ポイントになるのは、減少スピードである。いくつかの自治体のケースを想定した将来推計モデルから考えてみる。

⑤ まず、第一のケースとして、生まれてから20~39歳になるまでの間に女性がほとんど流出しない自治体のケー スを考えてみる。このようなケースでは、現状の全国平均の出生率1.43が続くと仮定すると、2040年の「20~39歳の女性人口」は約7割に減少することとなる。人口を 維持するには、直ちに出生率が2.0程度になる必要がある。

⑥ 第二のケースとして、生まれてから20~39歳になるまで男女ともに3割程度の人口流出があるケースを 考えてみる。この場合、現状の出生率が続くと仮定する と、2040年の「20~39歳の女性人口」はおおむね半減し、60~70年後には2割程度にまで減少する結果となる。 このような自治体において、長期的に人口規模を維持するためには、出生率が2.8~2.9程度になる必要がある。第二のケースではたとえ出生率が直ちに2.0程度になったとしても、2040年に「20~39歳の女性人口」は約6割に、60~70年後には4割程度にまで減少する。そして、「20~ 39歳 の女性人口」が減少した影響により、それからさらに20~30年後 (つまり約100年後)には、総人口も同程度に減少することとなる。

⑦ このような地域は、いくら出生率を引き上げても、若年女性の流出によるマイナス効果がそれを上回るため、 人口減少が止まらないのである。こうした地域は消滅する可能性があるといわざるをえない。このような「若年女性」の減少スピードが極めて速い市区町村はどの程度あるのだろうか。社人研(注1)の推計をベースに試算してみると、2010年から40年 にかけての30年 間で、「20~39歳の女性人口」が5割以上減少する 市区町村は373(全体の20.7%)。うち、2040年時点で人口が1万人を切る小規模市町村は243(全体13.5%)となった。ところで、この社人研の推計は、人口移動が将来、一定程度、収束することを前提としている。
(中略) 

⑧ そこで、仮に今後も人口移動が収束しなかった場合にどうなるかを推計してみた。この推計は、社人研の推計における2010年か15年までの間の人口移動の状況がおおむねそのままの水準(慨ね毎年6~8万人程度が大都市圏に流入る)で続くという想定で算出したものである。(一般社団法人北海道総合研究調査会が作成)。

⑨ この推計によると、2010年から40年 までの間に「20~ 39歳 の女性人口」が5割以下減少する市区町村数は、 現在の推計に比べ大幅に増加し、896自治体、全体49.8%にものぼる結果となった。実に自治体の約5割は、このままいくと将来急激な人口減少に遭遇するのである。本書では、 これら896の白治体を消滅可能性都市」とした。 

出典、 増田寛也編(2014)「地方消滅」中公新書、 注意:小見出しと図表を省略し、一部表現を改めた。 (注1) 社人研:国立社会保障・人口問題研究所。

(2)論点を整理する

先日、紹介した「都民ファーストでつくる『新しい東京』~2020年に向けた実行プラン」のなかの資料に「全国と東京都の人口の推移」があります。

再掲します。

 資料(増田寛也編「地方消滅」)にもあるように、人口減少は地方だけの問題ではなく、上のグラフでも明らかなように、東京都も例外ではありません。

 

 2025年をピークとして、以降は東京都もゆるやかに人口減少に向かいます。

 

 ここでは、論点を2つに分けて、人口減少の問題を考えることにします。

 

 第1の論点は、現在進展している、地方における人口減少の問題とその要因を考える視点です。

 

 資料が指摘するように、消滅する可能性がある地方は第二のケースにあたる。

 

 このケースは、「生まれてから20~39歳になるまで男女ともに3割程度の人口流出がある」地方自治体に該当する。

 

 人口減少の要因は自然増加率の低下に加えて、それ以上に社会増加率の低下が挙げられる。

 

 注意:人口学では、自然増加率とは出生率と死亡率の差を表し、社会増加率とは転入率と転出率の差を表す。

 

 つまり、「生まれてから20~39歳になるまで」に若い人たちがその地方から去り、大都市圏(おそらくは東京圏)に移動し、特に「若年女性人口」が減少した結果、合計特殊出生率が下がり、人口減少が加速しているわけです。

 

 上の「全国と東京都の人口の推移」のグラフで人口が全国で右下がりであるのに、東京都は2020年現在まで右肩上がりの人口増加を続けているのは、おそらくはそうした事情を物語っていると考えられます。

 

 そうすると、この問題の背景には東京の一極集中と、地方の人口減少の進展という表裏一体の現象をどう考えるか、過疎(地方)と過密(東京)の問題にもつながる課題をどう改善していくか、という問題設定で論を進める方法が第1の論点になります。

資料から、小論文の答案はこの論点で書き進めるといいでしょう。

 

 第2の論点は、2025年をピークに東京都も人口減少に向かい、これは日本の国が抱える大きな問題であるという視点からの考察になります。

 

 単に東京ー地方の人口移動の問題にとどまらず、合計特殊出生率が全国的に下がり、大都市、地方を問わず少子化が加速している事態の原因をどう考え、どのような対策を講じるか、という問題で、これは第1の論点よりもさらに厄介で手ごわいテーマになるかと思います。

(3)考え方の基本方針

それでは、主に第1の論点に立脚して、考えを進めることにします。

 

 ポイントは4点になります。

 

 ①地方から若者が去る原因の分析

 

 ②地方で人口減少が続いた場合の影響

 

 ③地方の人口減少を食い止める対策

 

 ④地方の人口減少を前提にした対策

 

 以下、①から順番に考えていきます。

 

(4)地方から若者が去る原因の分析

①雇用の問題

 

大企業の支社や工場などがなく、就職先が少なく、選択肢が限られて、希望の職種に就職できない。就職できても賃金が低い。

特に小泉政権で三位一体の改革が行われ、補助金が大幅に削減されたことも大きく影響している。地方経済は、公共事業による補助金頼みで回っているケースが多く、これを削減された結果、地方の建設・土木関係の仕事が激減し、雇用環境が悪化して、地方経済が疲弊したという側面がある。

 

②恋愛や結婚の問題

 

若い女性が少なく、男性にとって交際相手や結婚相手の候補が少ない。

 

③生活の利便性の問題

 

鉄道やバスなどの公共の交通機関の整備が遅れている。娯楽施設や商業施設、病院などの社会資本が少なく、生活する上で、不便を感じている。

 

④就学の問題

 

特に高等教育機関が地方では少なく、金銭的にある程度余裕がある家庭の子どもは、進学先として東京、札幌、仙台などの都市部の大学などに進学する場合が多い。

(5)人口減少が続いた場合の影響


①労働力の不足による生産性の低下、経済の低迷、地方自治体の機能の衰退

 

労働力が不足するとともに、生産性が低下し、経済が停滞し、国や地方自治体の税収も不足する。自治体の財政が悪化した結果、公共サービスも十分に行きわたらなくなる。また商店街がシャッターを閉め、病院などの生活関連社会資本も不足する。結果、さらなる人口減少を招く。

 

⇒ 資料にあるような「地方消滅」の危機、地方財政の破綻(北海道夕張市)

 

➁現役世代への負担の増大

 

年金・保険などの社会保障費も増大し、国民の税負担も大きくなる。消費税率も今後さらに引き上げが予測される。

 

介護にかかる人手も必要になり、少子化ともあいまって、経済的・人的負担が現役世代に重くのしかかる。

 

③東京一極集中の弊害

 

駅や電車などの混雑、道路の渋滞、大気汚染やゴミ問題などの環境悪化。地価の高騰、公園や保育所などが不足し、アメニティが低下する。

 

アメニティ…快適さや好感度などの居住性の良さを示す概念。

(6)地方の人口減少を食い止める対策

 

①雇用の確保

 

以下、方策を箇条書きで記す。

 

・企業が地方に本社を移転させる。

 

・地場産業の育成。

 

・新しい産業の創出。

 

例)徳島県勝浦郡上勝町の葉っぱビジネス…「つまもの」と呼ばれる、料理に添える季節の葉っぱや花を栽培・出荷・販売するビジネスで高齢者を中心として、多額の年間売り上げを計上して話題を集めた。

 

まちおこしによる地方の活性化。観光の強化、イベントの企画など。

 

②地方からの若者の流出を防ぐ、「若年女性人口」の減少を食い止める

 

2018年に「地域における大学の振興及び若者の雇用機会の創出による若者の修学及び就業の促進に関する法律案」が制定された。東京23区内の大学の定員増を今後2028年3月末まで認めないことなどを内容とし、地方からの若者の東京圏への流出を食い止めることを狙いとしている。

 

⇒若者が東京などの大都市をめざすのは、地方に魅力ある大学が少ないことと、大学卒業後に地方では十分な就業機会が確保されていないことが原因である。にもかかわらず、その根本原因を改めることなく、単純に東京23区の入学定員の抑制をはかるだけでは、地方の問題は解決しないばかりか、受験生の混乱を招くという批判がある。

 

③東京圏への人口の一極集中を是正する

 

方策:首都機能の移転

 

東京に大企業の本社が集中するのは、東京の集積の利益をあてこんでのものである。その結果、東京圏に人口が集中する。首都の東京には霞が関の省庁があり、情報や政治の中心として、大企業が東京に本社を置くメリットが大きい。

 

首都機能の移転…文化庁は京都市へ移転を決め、地域文化創生本部を2017年(平成29年)4月に設置して準備段階に入った。消費者庁は徳島県の誘致を受けて一部業務の移転を試行している。しかし首都機能の移転は遅々として進行していないのが現状である。今後は国会の地方への移転など思い切った対策を実施する必要がある。

 

集積の利益…産業や人口などの経済活動や人間活動が都市に集中して立地することから、社会資本(インフラストラクチャー)が都市部に集中して投資される規模の経済がはたらくことによる。東京がその典型。

 

④地方の人口減少を前提にした対策(ここでは、地方だけでなく、日本の人口減少を前提にした対策について考える)

 

以下、方策を箇条書きで記す

 

・AIやロボットの導入

 

・外国人労働者の活用、移民の検討 

 

⇒ 改正出入国管理法(入管法)(2019年4月施行)により、外国人に新たな在留資格として「特定技能」を設け、5年間で最大約34万5千人の受け入れがを見込まれる。「特定技能」の資格を持った外国人は家族の帯同も許可され、実質的な移民政策が始まった。

 

・女性の社会進出の拡大、高齢者の社会参加 

 

 ⇒ 1億総活躍社会を安倍政権が推進

 

・人口減少や低成長を前提としたライフスタイルへの転換

 

例)ミニマリスト、断捨離…物を捨てたり、減らしたりして、必要最小限の物だけで暮らす人や生活スタイル、生活信条。

 

 

(7)解答例

 

 地方で人口減少が著しい。初めに地方から若者が去る原因を考える。第一に就学や就業の問題、第二に生活の利便性の問題が指摘される。特に高等教育機関が地方では少なく、金銭的にある程度余裕がある家庭の子どもは、進学先として大都市圏の大学などに進学する場合が多い。地方には大企業の支社や工場などが少なく、就職先の選択肢が限られていて、給与や待遇、職務内容等で希望する職種に就くことができる機会が限られている。就職できても賃金が低い。こうした事情により、若者は大学卒業後も就職先として東京などの大都市で働き、地方に戻らない。また、地方では公共の交通機関の整備が遅れている。加えて、娯楽施設や商業施設、病院などの社会資本が少なく、生活の利便性に問題がある。

 

 このまま地方で人口減少が続いた場合、労働力の不足によって生産性が低下し、地方経済が低迷する。税収不足により、地方自治体の財政が悪化し、公共サービスも十分に行きわたらなくなり、最悪の場合、資料で指摘するような地方消滅の危機を迎えることになる。

 

 このような事態に陥らないための地方の人口減少を食い止める対策について述べる。まず東京一極集中について考える。東京には集積の利益があり、霞が関の省庁が集中し、情報や政治の中心として、大企業が東京に本社を置くメリットが大きい。その結果、東京圏に人口が集中する。これを是正するために国は首都機能の移転をさらに推進するべきである。すでに文化庁や消費者庁などで進められているが、十分とは言い難い。今後は国会の地方への移転など思い切った対策を講じる必要がある。一方、東京一極集中を食い止めようとしても、地方に若者を惹きつける魅力がなければ、若年世代の流出は収まらない。企業が地方に本社を移転させ、地場産業の育成・新しい産業の創出をはかるなど、地方での雇用の確保に努める。観光資源の開発や地域の伝統文化の維持・発掘を通して、まちおこしを行う。こうした試みによって地方を活性化させるなどの努力も惜しんではならない。

 

 地方財政がひっ迫するなか、自治体の予算には限りがある。行政だけに頼らずに、NPOといったボランティアなどの地域住民が自ら率先して、地方の活性化に取り組む必要がある。そのためには、地域の人間関係のつながりを強固にし、アイディアとマンパワーを原動力に地方で深刻化する人口減少に備えることを強く求める。(988字)

(8)解説

 

 今回のテーマ「人口減少社会」は日本の抱える課題の筆頭に挙げられる重要な問題になります。背景となる少子高齢化や6章「地方の人口減少を食い止める対策」で触れた「AIやロボットの導入」、「外国人労働者や移民政策」とこれに伴う多文化共生の問題など、大学入試小論文で頻出されるテーマの多くと日本の人口減少の問題は深く関係します。

 

このような理由から、慶應義塾大学総合政策学部や環境情報学部を志望する受験生は真っ先に今回の問題の答案を完成することから対策を始めてください。

以上、朝田隆でした。

 

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