今から
おそらく
52、3年前
レギュラーの
ヤングタウンで
落語のコーナーを作ってもらった。


いまなら
考えられない
粗末な高座だけど
毎週
新しい落語を作って
披露した。


300作へ
繋がる
初期の作品群は
こんな環境の
中で
やった。
毎週だから


それを思えば
いくら
脳が衰えたとは言え
都島の落語まで
16日ある


まだまだ
与謝蕪村の勉強が
十分ではないけれど
そこは
もっと時間が欲しい


与謝蕪村と
重なるところがある
とにかく
蕪村は
新しい

しかしあの時代
毛馬村から
江戸へ出た
不思議
そしてあの時代に
字を自在に操り
絵に興味を持っていた不思議

それは
何故か
まだ推測の域を出ない
とにかく
二十歳になる前に
村を出て
一度も帰った形跡がない


でも
僕の想像するに
毛馬村が
川の
淀川のそばにあったことに
起因するのではないかと思う
僕も子供の頃
川のそばにいた
学校へ行くのにいつも
尻無し川の堤防を利用した。


川は
未来への
世界への
夢を抱かせてくれる
いまは
こんな辺鄙なところにいるけれど
どこにでも
繋がって
いるのだと

写真のような
粗末な高座で
夢を見たのも不思議ではない

いま
大きな劇場の
立派な
高座に
上がっても
このころのことは忘れていない


こんな言葉を最近知って感銘を受けた。

頂上に登ったとしても
それはまだ
どこかの山の麓だ


まだまだ
いただきに届いていない