棄民 | 人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

ネットの海を漂う吟遊詩人になって
見知らぬあなたに愛を吟じよう

天命を知らずして世に棄てられた私は

居場所を求めて心偽り当て所なく彷徨うが

すでに異空間と化した街には違う時間が流れていて

取り残されたアイデンティティーは

影も踏めずに干からびてミイラとなる

今日も郵便受けに届くコミュニケーションを拒絶する通知が

私と世を繋ぎ留める唯一のコミュニケーションであると言う不条理に

疲弊した精神は怨念ばかりを募らせて自縛する

私は内なる王国の君が愛した私の居た時間に逃げ込み

海風に煽られて夏の名残が悲しげに鳴り響く砂浜で

陽光に照らされて煌めく帆を張ったヨットに似た波が

集団となって行進する様を飽きもせずに

いつまでも見つめて微睡んでいると

刹那 季節の境を切り裂いて追いかけてきた

月光仮面のバイクに同乗した幼少の私が

奔馬の勢いで駆け抜けて行き静寂を破って罵倒する




「おまえは、二十歳の頃世捨て人を夢見ていたのではないのか!」



すると 巻き上げられた砂塵に同化した私は

砂時計の砂となって過去へと零れ落ち

遠のく意識の中で蟻の夢を見ていた


蟻が大地を埋め尽くしている
踏み潰しても踏み潰しても湧き上がり

幾層にも重なり合って私の体を覆いつくす

口から鼻から耳から目からあらゆる穴から

体内に侵入した蟻の群れは

私の内臓を食いつくす

空っぽになった私は蟻の宇宙になり
やがて膨れ上がり破裂して霧散する



バイクに踏み潰された砂時計から解き放たれた私の実体は

風に運ばれ虚空に舞い上がると

思い出の場所に降り注いで嬉々として戯れるが

町からは懐旧の風景が消えていて

すべての生き物の温もりを

防音扉の向こうに閉じ込めて息を潜めていた


傷心している私に日陰から

囁くように声をかけるものがあった

「おかえり…」

そこだけぽっかりと懐かしい空間が広がり

小さくなったお地蔵さんが 静かに微笑んでいた                 






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