■■去年(R7)の5月の話です■■



   昨年(R6)、新幹線に乗りながら楽に新潟へ行けることに感動していた自分。(昔は金沢ー越後湯沢間が長かった…)

途中で通過した駅名を見てふと思った、あれ?コレ日帰りで翡翠拾いに行けるんじゃない?と。



石拾いをするだけではもったいないと、色々調べていたら、とてもじゃないが1日では足りないと気付く。



  こうして5月の某日、大きな荷物を載せ、新幹線で糸魚川市に入った辺りで、最初に目に付いたのは、


まるで映画のセットのような、迫力ある工場群だった。明星セメント㈱さんの工場らしい。

夜にライトアップされたのとか見てみたいんだが!と思いつつ確認していたググる地図には、既にかっこいい夜景写真が投稿されていた次第。

めちゃかっこえぇ。
 


   
    駅に着いたら予定通りに案内表示を探して迷わずアルプス口へ向かう。


コインロッカーの場所も確認していたが、一度外へ出る必要があり、思ったより時間がかかってしまった。


   ポケGO画面でアルプス側(下)から、日本海側(上)を見た様子。

駅周辺にはジムが三つ、海へ向かう道沿い周辺には商店街があり、ポケストの数は充分。時間があればタイレーツもGETしたい。


只今XXLやXXSサイズのポケモンが出やすいというイベント中。

糸魚川産のサイズ違い厳選しつつ、あわよくばXXLの色違いなんか出たら嬉しいのだが如何に。



   

   まず初めに、この地の元締めである神様、翡翠の女王こと沼河比売(ぬなかわひめ)様が祀られている神社へ面通しに向かう。


アルプス口を背に真っ直ぐ歩くと、行き止まりになっている正面は、市役所、市民会館、図書館、民族資料館、体育館が立つ近代的な一画になっている。


その手前の細い道を左折すると、緑が増えていき、神社の敷地になっていく。


ネットに出でた写真となんか違う気もするが、あれかな?と奥の建物を地図で確認すると、


そこは清崎神社という別の神社だった。市役所からこの辺り一帯は清崎城跡のようで、こちらはその一部というとか。

掛かる橋の下は草ぼーぼーなのだが、水路(?)は左手先の池へと続いており、お堀跡ではと見られている。



  戦国の世が終わり、山城を廃してここに築かれた平城は、高田藩(上越市)に属し、代々高田藩の重臣が城主になってようだ。





((  関係ない話に入ります ))



【清崎城の城主まわりの歴史】


  1601年、上杉家が転封になり、堀秀治(越前から春日山へ)が築城。(それ以前に上杉の城があった説も)

→息子 堀忠俊が跡を継ぐも、1610年?に御家騒動で改易、磐城(福島)へ預けられる。

松平信宗が城主になるが、1616年?に時の藩主松平忠輝(家康の庶子)が改易、流罪で伊勢へ。

稲葉正成(春日局の夫!)が城主に。1624年?に新藩主松平忠昌(結城秀康の子で家康の孫)は、兄忠直が配流になったことで彼の越前の領地を相続することになり、引っ越し。栄転。兄の子に高田藩を譲る。

荻田長繁 が城主に(1624年〜藩主は忠直の子松平光長で当時8歳。 米増産がんばる)

荻田長磐(光長氏がんばる)

荻田本繁(嫡男を亡くした藩主の光長氏は話し合いの末、跡継ぎに家臣の息子綱国を立てるも、彼とその実父が1674年?に「越後騒動」を起こし?改易)

→城は取り上げられ、天領

→1717年、糸魚川藩が置かれ、越前松平家の分家が、清崎松平家として藩主に。糸魚川陣屋(現横町、別の場所)に藩邸が建てられ、清崎城は使われることなくなる。。。のだが!


→明治初期には藩庁が再び清崎城に置かれ、廃藩置県の際に一時期「清崎県」があったらしい。藩庁がそのまま市役所になった系かな。


   交通の要所なのか、前田家封じなのか、重要視されてきた土地である事が察せられる歴史である。





  城主を調べていたら親にも子にも恵まれなかった光長氏(家康の曽孫)が不憫で生涯が気になったので更にwikiってみた。


  跡継ぎ親子のやらかしにより、改易され伊予へ流された光長氏一行は、江戸に移送され、1687年に自身と跡継ぎの綱国にも恩赦を与えられたが江戸で監視されながらの生活を送る。

義理父子は不仲?で綱国を廃嫡し、1694年に徳川光圀(!)のつてで養子に宣富を迎えて隠居するも、翌年に屋敷が火災で全焼。1705年にも屋敷が火事に。

1707年、93歳で人生の幕を下ろす。大往生。




  宣富は領地を与えられ初代津山藩主(岡山県津山市)となり、光長氏の家臣の一部は津山藩に引き取られたという。元跡継ぎの綱国の子孫は永見姓に戻し、津山藩の家老となった。


  子どもも跡継ぎも部下も全部「家族」。責任は「家長」が取るけど、「家族」が付き従ってくる限り「家長」が養って…という綺麗事ばかりでもないんだろうけど。

裁く側もたぶん最低限の石高を与えとるんよな。

なんか家族、主従の良くも悪くも深い義理と人情を感じた。

家康の曽孫なので、放っておいて血筋を利用されるのも困るが、身内に甘いと他所の大名の統制がとれなくなるなど、様々が事情があったのかもしれない。



因みに、清崎神社の御祭神は松平光長だった気がする。祀られていてなんかほっとした。

今度訪れた際にはちゃんと参拝せねば。(お、お賽銭はしたよ?)
 


  ((色々間違いがあったら失礼。))
 
 


   ((現在に戻ります))



御朱印でももらえないかと大きな建物のある奥へいくが無人、中も空っぽだった。


静けさと、参道沿いに鬱蒼と茂る木々、またその中で忘れ去られたような巨木は幹が大きく切られている。

ここだけ時間が止まっているような不思議な感じ。


しめ縄もあるし、↓神社ではあるのだが、


建物自体は忘れ去られた廃墟っぽい雰囲気。(失礼)

階段の幅が広いのは、藩庁だった時の名残りとか?

案内板などがなく(たぶん)、古いものなのかどうかも確かめようがない。




  この神社の石畳を左折すると、奴奈川(ぬなかわ)神社の境内がある。
 
ちょっといらん話が多すぎたので、参拝編は次回に。

    


↓確か二日目に撮ったものですが、今回の旅の相棒のご紹介。(背景は糸魚川駅)

植物の赤ちゃんのようなチュリネさんは、進化するとお花のお嬢様っぽいドレディアになる。メスしかいないらしい。

翡翠と緑、女王とお嬢様ということで、選んでみました。    これからチュリネたんとの旅行です。


チュリネが好きな余り、現在100%を三匹もっておる自分ですが、まだドレディアに進化させてません…