キャスト:男2/女2/不問1
木下 恵理(きのした えり) 女
近衛 雫(このえ しずく) 女
宮内 健司(みやうち けんじ) 男
近衛 伸二(このえ しんじ) 男
旅猫(ノワール) 不問
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雫(ナレ)「とある病院の個室」
木下「はーい」
宮内「失礼します。恵理さん、気分はどうですか?」
木下「あっ、先生。んー.......調子はいい方かなぁと思います。
本当にちょっと体調が変わると、命に関わっちゃうのか、疑っちゃうくらいです」
宮内「うんうん。脈も正常だし、顔色は......いつもよりだいぶ良いね......呼吸が乱れてる様子もなし。
恵理さん、外出の許可は出せないけど、外の空気を吸うために、院内の中庭の散歩くらいなら、許可を出しましょうか?」
木下「本当ですか!?」
宮内「うん。調子のいい日は、ちゃんとリフレッシュして、心も元気にしてあげなくちゃね?
心のリフレッシュしたからって、簡単に治るような病気ではないけど、“病は気から”っていう言葉は、気持ちの持ちようで、本当に病気になっちゃうこともあるってね?
出来る時に心もリフレッシュして、しっかり病気が治るように努めましょう」
木下「はーい!!」
木下「んー......やっぱり外の空気はおいしくて、気持ちいいな」
旅猫「なぁ~」
木下「ん?あれ?なんでこんなところに猫ちゃんが?」
旅猫「やっと見つけた」
木下「ん?どうしたの?おいで?」
旅猫「ご主人は、相変わらずだね」
木下「ん。いらっしゃい。君はどこから来たのかな?」
旅猫「もう、分からないね。ずっと、ご主人の事、探して旅してたし」
木下「ふふ......君はとても人懐っこいんだね?それにすごく綺麗な黒の毛並みをしてるねぇ」
旅猫「けど、ご主人がこんなところにいるってことは、ボクの旅はまだ終わらないんだね。
早く、“約束”、守ってよね?」
「ふふ.......可愛いなぁ」
宮内「おっ、恵理さん。ここにいたんですね。そろそろお時間なので、病室に戻りましょうか」
木下「あっ!?先生。今、ここに猫が」
宮内「猫?ん?どちらに?」
木下「あら?今まで、ここにいたんですけど......帰っちゃったのかな?」
宮内「......恵理さん、病室に戻るまでの間、一つ、不思議なお話をしましょうか」
木下「?......はい」
宮内「さて、先ほどの話なんだけどね?私もね、実際に見たわけでも、そういう患者さんの担当になって立ち会ったわけでもないから、噂で聞いた程度なんだけどね?」
木下「はい」
宮内「全国の病院......というよりも、噂好きの看護師の間で......かな?“旅猫”という黒猫の噂がささやかれてるらしいんだ」
木下「旅......猫......」
宮内「文字通り、旅をしてる猫なんじゃないか?と言われている。
理由がその猫に出会った人達が生きていた時代も、入院していた病院もバラバラだったからだそうだ。
ただ、その人達は全員、重い病気と闘ってた人達だったそうだ。
そして、猫に関わったが故か、全員、出会って数日で息を引き取ってるのだが、旅猫に至っては本来の猫の寿命より、圧倒的に長く生き続けていると思われている。
猫が人から寿命を奪うなんて、あり得ない話だと思うのだが、その結果が、猫が生き永らえる為に、寿命を奪ってるように感じたのだろうね。
ゆえに、旅猫は“死神の使い”なんて噂も存在するらしい」
木下「悲しい噂ですね.......でも、そしたら、私も、もうすぐ......」
宮内「いやいや......確かに君の病気は簡単に治せるものではないが、私が必ず治してみせるさ。それに私が言いたいのはそこではないんだ」
木下「?」
宮内「私はね、猫が旅をしているのは、元々、飼い猫だったけど、悲しくも飼い主と死別してしまい、死別する直前に再会の約束をしていた。
その約束を果たすために、元気な姿で生まれ変わった飼い主を探して旅してるんじゃないかな?と考えてるんだ。本来の猫より圧倒的に寿命が長い謎は置いといてね?」
木下「でしたら、もし、私が出会った猫が、その“旅猫”なら、私がその猫の元飼い主って事に?」
宮内「可能性はあるかもしれないね?だとしたら、少しでも早く恵理さんの病気を治して、猫の旅を終わらせてあげないといけないって事になるね。私も頑張るから、恵理さん、一緒に頑張りましょう」
木下「そうですね......頑張ります」
伸二(ナレ)「数日後の病室」
宮内「では、今日はベッドで安静にしていてください。後ほど、また様子を確認しに伺いますので」
木下「.......はい......ありがとう......ございました......」
木下『はぁ、今日は結構しんどいなぁ......せっかく、改めて、頑張って病気を治すって決めたばっかりなのに.......自分の体の弱さが恨めしいよ.......』
旅猫「なぁ~」
木下「あれ?......猫ちゃん......来てくれたんだ......でも......ごめんね?.......今日は、構ってあげられるほど.......体調が良くないんだぁ......」
木下『あ?あれ?なんで涙があふれてくるんだろう?ただ、猫ちゃんが遊びに来てくれただけなのに......あぁ......せっかく来てくれた猫ちゃんに構ってあげられないほど、自身の体の弱さが.......悔しいんだ......』
旅猫「全く......その泣き虫なところ、生まれ変わっても変わってないのな?
落ち着くまでそばにいるから、ちゃっちゃと落ち着いて泣き止みなよ?」
木下「猫ちゃん......ありがとう......ごめんね?......こんな泣き虫な元飼い主で.......ごめんね?.......こんなに体弱くて.......」
旅猫『ごめんね?はボクのほうだ.......ご主人がこんなところに来る前に、ご主人に会いに行くのが遅くなっちゃったから......今、ご主人にこんな想いをさせちゃったんだ。せめて、少しでも早く、ご主人が元気な姿でボクを迎えてくれる日が来るように、ずっと祈ってるよ』
雫(ナレ)「後日の病室」
宮内「今日は......落ち着いてきてるようだね......けど、この前より、体力が落ちてるね。このまま、安静にして、病気と闘うための体力を温存しておくように」
木下「は......い.......ありがとう.......ございました」
木下『あぁ、私の命も後、もう少しで終わっちゃうのかなぁ......結局、先生との約束も、猫ちゃんとの約束も.......せめて、最期にもう一度、猫ちゃんに会いたかったなぁ』
旅猫「.......なぁ~」
木下「あ.......よかったぁ.......猫ちゃん......来てくれたぁ......」
旅猫「ご主人.......ごめんね?......もっと......もっと早く......ご主人を見つけれたら......」
木下「あれ?......猫ちゃん......泣いてるの?.......おいで?.......ぎゅっって......してあげるよ?」
木下「猫ちゃん......君は強いんだから......私がいなくなっても.......もう一度.......前を向けるよ」
旅猫「ご主人は覚えてないんだろうけど......それ......何度も聞いたよ......だからボクはここにいるんだよ?」
木下「そう.......だったね......君は......前の飼い主(わたし)にも......その前の飼い主(わたし)にも......同じように......励まされて......ここに......いるん.......だよね?」
旅猫「そうだよ?ボクはご主人の事が大好きだから、何度もご主人にもらった命で長い年月を生きて、ご主人を探し続けたんだ。ボクはご主人と一緒がいいんだ」
木下「そんなに......私の事を.......想って......いてくれて......ありがとう......ノワール.......」
旅猫「え?ご主人?今、ボクの名前を?」
木下「“いつか必ず、元気な体で再会しましょう?ノワール......その日まで強く生きて”」
旅猫「ご主人!?その言葉は!?ダメだよ!?また、ボクを独りにするの!?」
木下「大丈夫......ノワールなら......ちゃんと......約束の日まで......生きて......いける......だから......今は......ごめんなさい......」
旅猫「なっ!?ご主人!?そんなことしたら、人が!!.......くそっ!!大好きだ!!バカ!!」
木下「ごめんね?......私も......大好きよ......ノワー......」
雫(ナレ)「その日の夜、木下 恵理の容態は急変し、姿を見せぬ旅猫ノワールの音無き号泣とともに、木下 恵理はその生涯を終えました。
旅猫についても、本人以外の目撃者はおらず、担当だった宮内 健司も、本当に噂通り、患者の死とともに姿を消したのか、真実を知ることはありませんでした」
伸二(ナレ)「とある公園前」
伸二「ふう......これで雫に頼まれてたものは全部かな?」
旅猫「なぁ~」
伸二「ん?猫?.......って、お前、怪我してんのか?大丈夫か?家、来るか?」
旅猫「構わないでくれよ。人間。ボクは......ボクはご主人に会わなきゃいけないんだ......」
伸二「んー......怪我自体はひどいわけではなさそうだけど......栄養が足りてないのか?警戒はされてるぽいけど、抵抗する力は残ってないぽいな......」
旅猫「人間......勝手なことするな......ボクは......ご主人以外には心を開くことはない!!」
伸二「ハハハ......威勢はすごいな......まぁ、少しは甘えろって......怪我治って、元気になったら、好きなところに行けばいいからさ」
伸二「ただいま。雫、ごめん、なんかタオルとか救急箱とかない?」
雫「伸二君、どうしたの?って......え?......もしかして、ノワール?」
旅猫「......ご主人......なのか?」
雫「.......ごめんね?ノワール.......随分、待たせちゃったね?......約束通り、ちゃんと元気な体に生まれ変わったよ?」
旅猫「ご......ご主人!!会いたかったよ!!“ただいま”」
雫「“おかえりなさい......ノワール”......ごめんね?......今度は、私が頑張るから......」
雫(ナレ)「旅猫が飼い主である雫の胸に飛びつくと、長い年月をかけてようやく帰ってこれた居場所に安堵したのか、リラックスした表情のまま、眠りにつき、二度と目を覚ますことはありませんでした。
しばらくして、時代を巡りながら、ささやかれていた旅猫の噂も、“猫は飼い主と再会してその役目を終えた”という結末で、風化していきました。
そして、近衛家では、いつしか一匹の黒の子猫を拾い、飼い始めており、その子猫は雫にとても懐いていました。
まるで、“旅猫”ノワールのように」
end