2月1日の日経新聞に「受け子 否認でも7割起訴 警察庁分析 バイト感覚に警鐘」という記事がある。

オレオレ詐欺のような詐欺を特殊詐欺と呼ぶらしい。
このような詐欺で電話を受けた相手から直接現金を受け取る役割を「受け子」という。
この受け子が「捕まることはない」とか「逮捕されても否認すれば起訴されない」なんぞ言われて良いバイトととしてやってしまうとの記事。

少し考えれば分かることだが本当に「捕まることがない」「起訴されない」という具合に安全なのであれば、自分自身でやればいいのである。
「良い投資があります」という勧誘をしてくる奴がいたとしても「だったらてめえで投資しろよ」と言いたくなるのと同じである。

オレオレ詐欺で逮捕され起訴されるリスクが高い、いや「異様に」高いのは受け子だけである。
だから犯罪グループのメンバーは受け子をやらない。
だから本当は受け子が利益の大半を持って行かないとおかしい。
少なくとも50%は取るべきだろう。(この場合利益と言っても詐欺で得たお金であるが・・・)
しかし受け子に支払われる額はゴミみたいな額である。
頭のいい奴(ら)は表に出てこないで後ろに控えているのである。




上記写真を見て欲しい。
埼玉県警が受け渡し詐欺を防止するために掲示しているポスターである。
女性から札束を受け取っているのが受け子である。
顔をモロに晒してリスクを一手に引き受けている。
しかもこの札束のうち受け子がもらえる金はごく僅かだろう。
他方「安全地帯にいる」頭の良い奴らは表に出て来ないし、顔もわからない。
これが犯罪グループの実態である。

これは反社会的組織全般に当てはまる構図である。

反社会的組織に入る人間こそインテリではないといい思いはできない。
非インテリはこき使われて、リスクだけ取らされて終る。


勉強が出来ないから反社会的組織へ行く、なんぞ愚の骨頂である。
反社会的組織が日本で一番インテリがバカから搾取する世界である。
その搾取が露骨でありエグいのだ。
バカこそやくざになってはいけない」のである。(正確には「バカこそ反社会的組織に入ってはいけない」である)

1987年とだいぶ古いが「マルサの女」という映画がある。
伊丹十三(いたみじゅうぞう)監督の映画である。
脱税のお話である。
脱税と闘う国税査察部に勤める女性査察官が主人公の映画である。





この映画の中にヤクザが出てくる。
ヤクザが会話をしている。
「これからはキッタハッタの時代じゃない。これからのヤクザは脱税で刑務所へ行くんだ」

脱税は頭の使うインテリの世界である。
税法を知らないといけない。
武闘派はいらないというわけだ。
その武闘派はどうなるのか?
刑務所へ行くのである。
先ほどの埼玉県警のポスターを思い出して欲しい。





受け子=武闘派のヤクザ

なのだ。
その武闘派のヤクザが身代わりになって刑務所へ行く。
「オレが脱税しました」と。
本当に脱税で儲けた奴はインテリである。
インテリの悪は表に出てこない。
ポスターでも顔はわからない。
警察やマルサには顔が分かっていても手が出せない(かなり出しにくい)。

このポスターの構造は一緒なのである。

受け子=バカ=リスクを取るしか能がない
後ろの顔不明=インテリ=金丸儲け=リスクを一番取らない

ヤクザの親分とお友達の権藤(ごんどう)。
権藤は頭がいい。
訳の分からない法的書類をたくさん作ってサラ金に追われている一家を夜逃げさせアパートの1室を占有している。
これによって金儲けができるらしい。
占有する際に権藤がヤクザたちを率いている。
ヤクザが権藤を従えているのではない。
インテリの権藤がヤクザを率いている。
そのヤクザたちが占有を行う。

権藤は頭がいい。
死にかけたじいさんを社長にして株式会社を作ったり、そのじいさんが死んだらその株式会社を潰したりしている。
商法を知らないと出来ないし、法人設立の実務を知らないと出来ない。
「カブシキガイシャッテナンデスカ?」ではお話にならないのである。

バブル経済真っ盛りの1988年に作られた映画「マルサの女2」。




宗教法人を隠れ蓑に悪さをするインテリ鬼沢。
地上げをするためにアパート(マンション?)に住む住民を立ち退きさせる。
その鬼沢がヤクザを使って立ち退きをさせる。
しかしそのヤクザが「馬鹿丸出し」なので権藤は「あんなんで大丈夫か?」と心配する。
「あれならまさかの時、消しちゃいますから」と返されて納得する。
馬鹿丸出しのヤクザがどうなるのかはお察しくださいであるが、それでその映画は終わらない。
終わらないの意味は映画を見ていただくとして反社会的組織ではバカの扱いは残酷なのである。
まっとうな社会でのインテリによる非インテリに対する搾取なんぞ非ではない。
ブラック企業なんぞ屁でもない。

映画という虚構の話ばかりではなく実際の話を。
「餃子の王将社長射殺事件」という本のp258より引用する。


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暴対法や暴排条例の施行で国内での資金稼ぎの機会を失った暴力団や企業舎弟は、大きく分けて2つの新たな行動を起こした、とされている。
1つが新たな資金獲得方法(シノギ)を模索し立案、起業をするため、高い学力とさまざまな専門的知識を持った「カタギ(堅気)」の取り込みに全力を注いだことである。



引用は以上である。
暴力団の幹部はもはやインテリではないと務まらないだろう。
経営者そのものだ。
そして欲しいのは(外注とは言え)高度な学力や高度な技術を使ってお金儲けさせてくれる人である。
反社会的組織にいながら頭も良くなければ特殊技能もないのにいい思いができるとすれば(できるとすら限らないのだが)それは「危険というリスクをものすごく取っている」場合だけであろう。
誰かの身代わりになって長期間刑務所に行ったり、最悪の場合は・・・。





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記事は以上です。
末端公務員のクソ記事を読んで下さいましてありが㌧㌧。

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