ヒトラーとケインズの経済思想で共通している部分の最たるものは、経済の中でもっとも悪いものは「失業」であると捉えていたことである。
 そして、すべての経済政策は、「失業を減らすこと」を目的に練られるべき、という考え方を持っていた。


(「ヒトラーとケインズ」p62)


悪の権化のように言われるヒトラー。
しかしながら彼が主張する「失業を減らす」事を最優先にする経済政策は多くの日本人が賛成するところではないでしょうか?
景気が良かったころ(良いと言われていた頃=小泉政権・安倍政権の時期)には「トリクルダウン理論」(参考・wikipedia→「コチラ」)が流布されていましたが、こちらは多くの日本人が支持するところではないと思います。(金持ちが自分を正当化するためにしか使われず、実態とかけ離れているという印象を持ちます。あくまでいち国民の実感ですが)

ヒトラーは政権を奪取した後、次のような演説をしているようです。

われわれが義務としてもっとも心配しなければならぬことは、国民大衆に仕事を持たせて、失業の淵へ再び沈めさせないことなのだ。上層階級が1年中多量のバターを得られるかということよりも、できるならば大衆に安価なフェット(パスタ)を確実に供給しうること。否、それよりも大衆を失業させない事が重大なのだ」(p63)

ヒトラーが述べているのは完全にトリクルダウン理論の逆です。
乱暴な言い方をすれば「トリクルダウン理論」は「上級階級がよりたくさんのバターを得られるようになればおこぼれが貧しき者たちに回っていくのでいいことなのだ」と考え、ヒトラーは「そんなことあるか、ボケ!」と言っている訳です。


第二次世界大戦後、その残虐性から完全に否定されることになったヒトラーやナチスドイツ。
しかし困ったことに(?)ナチスドイツは良いこともしているわけです。
完全に悪とも完全に善ともいえないのが世の常というものです。
99%悪であったとしても、当事者にとってみればその悪に代えられない1%の善が存在しうる。
ナチスドイツの経済政策はかなりうまくいったと言われています。
世界史の教科書には世界恐慌後の経済対策としてアメリカの「ニューディール政策」を挙げられる事が多いですが、あまり成功しなかったようです。
むしろナチスの経済政策の方が成功した。
一番有名なのはアウトバーン建設(参考・wikipedia→「コチラ」)でしょうか。
アウトバーン建設などの公共事業はドイツ経済復興のために大きく貢献した事になります。
ナチスドイツはワイマール共和国(一応民主主義国家)にて克服できなかった経済問題を克服してくれた事になります。
勿論、暴力(時には命を奪う)などで反対派を抑え込む事で政権を獲得し維持してきた訳ですが、多くのドイツ国民にとってナチスは経済的な困窮から救ってくれた訳です。
ユダヤ人や当時命を奪われた人々にとってはナチスは絶対に許すことのできない悪ですが、多くのドイツ国民にとってナチスは経済的困窮(今の日本とは比べ物にならないくらいひどいレベルでの)から救ってくれた善であると。
「ヒトラーの秘密図書館」と言う本についてのレビュー(「コチラ」でも述べたがヒトラーは学がないのに必死に勉強して首相まで上り詰めた訳です。(しかもナチスは議会の選挙で過半数は得られないものの第1党になっています)
こういうサクセスストーリーは多くの日本人が好きな話でしょうが、困ったことにこれがヒトラーの話になってしまう。

話が少しそれてしまったので失業の話に戻します。
「ケインズとヒトラー」と言う本によりますとヒトラーは次のようにも語っているそうです。

われわれのなすべき課題は、失業問題、失業問題、そしてまた失業問題だ。失業問題が成功すれば、われわれは権威を獲得するだろう」(p64)

そういえば似たようなことを誰かが言っていたような気がします。

「1に雇用 2に雇用 3に雇用」

今はもはや忘れ去られたフレーズ(苦笑
この国の現在の総理大臣(この記事を書いている6月26日現在)、菅総理がかつておっしゃっていたお言葉です。
今はそれどころではなくなってしまった感じですね。
雇用と言ってますけど失業問題とほぼ同じ意味でしょう。
雇用と言うと賃金アップや待遇改善も範疇になるのかもしれませんが、本質的な問題は失業問題なのではないでしょうか?
となるとヒトラーと菅総理が同じようなことを言っていた事になります。
しかしながらヒトラー(ナチス政権)が瀕死の国民生活を救ったという事実がありますので、菅総理がヒトラーと同じような事を述べていたからと言ってそれ自体が間違いであるという訳ではありません。

むしろ「どれだけ本気なのか?」が問題なのかと思います。
現在でも日本において雇用問題が抜本的に改善されたとは思っていません。
東日本大震災が起こってしまった以上、原発をはじめとして関連問題に注力しなくてはいけないのは事実だと思います。
しかしながら東日本大震災が起こったからこそ雇用問題が大事だという考え方もできます。
特に震災地域の失業問題をどうするのか?
東京などの都市圏からは被災者向け求人がたくさんハローワークに出ていますが、被災地から遠く離れた就業場所への応募はほぼ皆無であるようです。
このようなミスマッチについて<<本気で>>「雇用のことを考えていた」総理ならばすぐにこの問題に反応して何か強力なメッセージなり政策に動くと思うのですが、今のところ(私には)そのような感じは受けません。
そもそも震災の前に総理が掲げる論点がダイレクトな「雇用」問題から「平成の開国」や「TPP」「法人税減税」などにシフトしていたような感じもします。
総理の頭では「平成の開国」等にて経済がうまくいけば雇用も良くなるという風に思考が変わっていった(元々そうだった?)のかもしれませんが。

日本政府は雇用問題が起こると「雇用が大切だ」と言いますが、本気なのかが良く分かりません。
バカの1つ覚えが如く助成金(人を雇うと国から企業に補助)を作り、ハローワークの職員を増やします。
助成金も効果がないとは言いませんが、助成金をもらえるから人を雇おうなんていう企業はいかほどあるのか?(しかも永遠にもらい続ける訳ではないし)
ハローワークの職員を増やすのも正規職員を増やすのではなく臨時職員を増やす。
正規職員を増やすと国家公務員の定数が増えてしまうので行革に反するということなのでしょう。
しかし問題が起こってから臨時職員を採用しているのでは遅い訳です。
セーフティネットと言うのは平時に余力があるくらいでなければ緊急の非常事態にネットとして機能しないという悲しい面があります。
「今日から臨時職員を雇って今日から業務をやってください」と言うのは政府としては頭数をそろえた事をアピールできるのでいいのかもしれませんが、ほとんど緊急対策になっていない訳です。(この失敗は年金未納問題にて記録照合を行うため増員した臨時職員でも起こりました)
このような問題は実は行政問題ではなくて政治問題です。
政治決断でどうするのかという問題です。

政治家は質問を受ければ「雇用は大事」と言いますが、本当にそう思っているのかどうか?
麻生総理がハローワークに視察をして求職者の方にトンチンカンな事を言い(的外れであり上から目線であるとの印象を国民に与え)、失笑・怒りを買ってしまうというのが実情です。(ただし麻生総理は急激なリーマンショックに襲われて、元々雇用重視なんて言ってなかったのですからかわいそうな面はありますが)

安倍総理は「再チャレンジ社会」を掲げました。
この精神を私は非常に評価していました。
一応このころは「景気が良い」とされてきましたが、その前に「就職氷河期」にぶつかった人々が正社員になれず、ワーキングプアと言われ問題になっていたからです。
私も就職氷河期を経験した世代ですので、この問題はワーキングプアの問題は大きいと思っていました。
このブログをずっと読んでいらっしゃる方(いるのかどうかは知りませんが)は「若年者のワーキングプア問題は深刻だ」と私が書き続けてきたのをご存知かと思います。
簡単に言えば「現在の低賃金なんて大した問題ではないが、きちんとした職業訓練を受けられない事でずっと低賃金から抜けられない可能性が非常に高い事は本人にとって致命傷だ」と言うことです。
今超低賃金でも将来高給取りになれるのなら問題はあまりありません。
しかし「あなたがやってきた経験は将来一定の賃金を得るための糧になりません。年を重ねるごとに体力が落ち、使用者が使いづらくなるので職を見つけるのが難しくなります」と言うのが現実です。
もし合法的な格差を逆転しようと思えば少ない証拠金で大きなお金を動かせるFXなどで高倍率で投資すると言った丁半ばくちのようなめちゃくちゃな方法しか残されてない訳です。
ですから、ワーキングプアの問題は早急になんとかしなければならない問題だと思っていました。
しかし安倍総理は急に退陣し(退陣したのは病気なので仕方がないと思います。安倍氏と私は同じ病気なので急な退陣には多くの国民とは違い理解しています)、その後「再チャレンジ」はあやふやになってしまいました。
その後安倍氏が「再チャレンジ」に関してメッセージを発信し続けていると聞いたことがありません。
こうなると「本気で」大事な問題だと思っていたのかを疑いたくなります。
1回総理になると政界では一丁上がりとなるので安倍氏のメッセージをマスコミや周りが無視しているのかもしれませんが。
未だにワーキングプアの問題は解決していません。
リーマンショックで日本全体が大変なことになり、東日本大震災にて日本全体がさらに大変なことになってしまった。
よってフォーカスされなくなってしまっただけです。
彼らが40代になってしまっています。(「コチラ」を参照)
むしろ問題は深刻になっているわけです。
私の予想は外れてくれればよかったのですが、予想通りの負の連鎖(まともな職業技能がなく年齢だけを重ねるのでいつまでもワーキングプアから抜け出せない)状態です。

<続く>

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