iPhoneが鳴った。実際には鳴っていない。バイブにしてあるから震えているだけ。iPhoneを手に応答をスライドさせる。到着の電話。丁寧に応えて通話を終わらせる。某外資系高級ホテルのラウンジで、一人シャンパーニュを口にした後、ロビーのソファーに座っていた。隣りには鞄とハイジュエラーの紙袋が一つだけ置いてある。真紅色に表面片方にだけ、金字でロゴが描かれている。紙袋の側面が中に折られ、手提げの部分から続く紙と紙の隙間を通している紐の部分には、片側にだけ金の円柱型の金具がついている。細部にまで拘りのある紙袋には、溜息がでる。紙袋というよりも鞄に近い。その紙袋と鞄を手に立ち上がり、正面玄関へと向かう。硝子張りの扉の奥に見える、艶やかな黒塗りハイヤー。国内最高級車。毎回のように、震えそうになる。いつも見ているけれど、場所が場所なだけに、余計に良く見える。硝子張りの扉が左右に開くと、ぴかぴかに磨かれた黒塗りハイヤーが目に入ってきた。息を飲む。白い手袋をはめた運転手が、お待ちしておりました、と言う顔で、後部座席の扉を開けてくれる。たまたまドアマンは不在だった。毎回恐縮するように乗り込む。頭が当たらないよう、上部を片手で添えてくれる。一度当たってみようかとも思ったことがある。そしたらどんな対応をするだろう。扉を閉める言葉をかけられたので、お願いします、と笑顔で答える。扉がゆっくりと閉まる。運転手が運転席に乗り込み、いつものようにハイヤーを発進させる。ホテルの扉が後ろへと流れる。ホテルをでると、都会の街並みが出迎えてくれる。信号の光り。街灯。ビルや店などの明かり。窓の外を眺めているだけで、心が穏やかになる。運転手からは声をかけられないので、余計な会話は生まれない。祖父と孫ほど離れた年の差。後部座席に乗せているのは、孫位だろうから、こちらとしても恐縮してしまう。けれどそれも仕事だから、割り切っていると思う。窓の外に彩られる夜の街並みは、喧騒とした日中とは異なり、静けささえ漂っている。窓から車内の右を見る。鞄とハイジュエラーの紙袋が座っている。今は乗っていない受け取り人。そっと紙袋を片手でなでる。ハイヤーが信号で停まる。再び窓の外に目を向けると、遠くには何人かのスーツを着た同年代のサラリーマンの姿が見えた。一杯飲んだ後のようで、楽しそうに話している様子にも見え、何だか羨ましくも思えた。もし今の家に生まれていなかったら、きっと自分もあの中にいたかもしれない。確かに前まではあの中にいた。私生活では様々な年代とも関わりがあるけれど、もう今では年寄りの役員連中としか味わえない。虚しくもなる。ハイヤーが発進した。信号待ちをしていた彼らも歩みだした。踏みだしている足が、力強くも感じた。何だか悲しくなってきた。窓の外を見たまま、思わず運転手に声をかけてしまった。明日は雨が降りますかね、と。どうなさったのですか、と言うような口調は一切ださない。プロだ。たぶん大丈夫だと思います、とだけ答え、運転に集中している。お礼を告げた後、見続けている窓の外を目一杯満喫しようと思った。思ったけれど、流れゆく夜の静寂な街並みが、物悲しく語りかけてきているようだった。

「寂然1」

御愛読ありがとうございます。現在「まもるの小説ブログ」では、主人公が中学生のため、前々から大人の純文学を書きたいと思っており、以前iPhoneのメモで書いた単独掌編私小説を一話目として、長編連載を開始しました。メモで書いたものを貼りつけての更新になります。またちょっとした記事も小説の最後に書くかもしれません。本来、小説のみの方がいいのですが、小説と記事を分けると、表示件数の関係で神経を使いそうですので。時間の都合や気が向いた時は、場合により連続更新もあるかもしれません。小説一行だけで後は記事とか。あまり個人的なことは避けたいと思いますが、まもるのことですから。とにかく小説を書かなければ記事も書けないことにします。または全く更新なく間が空いてしまうかもしれません。小説ブログの添え書きは、あくまでも小説ブログのメッセージボードであり、執筆ブログは基本的にエンターテイメントのため、小説ブログより、より純文学の小説を執筆ブログで公開するのもどうかと。中にはそのような小説も昔、執筆ブログで公開したこともございましたが。小説ブログのメッセージボードは、執筆ブログへの転載もあるため、ログインし直しての転載、また一記事の文字数制限もあり、時に面倒だったりもしますので、気楽に更新できるブログとしても、活用して参りたいと思います。