「老子と太極拳ー清水豊著」をようやく理解できる範囲で 太極拳が体に染みてきた
不器用なので 遅い20年は 太極拳をしている
どのような荒波もおのずから沈まるもの。
大いなる道の教えは修行者を偽る事は無い。
たとえ危機が訪れても、それは一夜の嵐のようなもの
明けてしまえば、春の朝が訪れる。
大いなる道に続く太極拳には、心地よさがある。大いなる道が万人に与える感じは、春の風やほろ酔いの気分に例えられる、こうした心地良さが大いなる道にはあるのである。大いなる道と言うものは、つまり太極拳を行っていく時は、よくわからないが、何かしら楽しいものである。始めは深い楽しさを感じられないかもしれないが、心身の状態が整ってくると、次第に深い味わいがわかるようになる。
生きていく中で、いろいろなことを体験して、また太極拳も深いものとなるのである。こうした日常の生活と1つになった太極拳修行は、実に興味の尽きないものであるし、これが大いなる道と1つになる修行。
大いなる道と1つになった修行とは、太極拳と日常生活が1つになって、初めて実践できるのである。
写真は 私の老子が見せてくれた 剣 で 七宝焼を施したもの
お借りして 32式太極剣を 套路 やらせてもらった
私がいつも用いている剣は標準より 重いのだが さらに重い
重い方が 剣を振り回さないので 体の重心を定めやすい。
