わたしが英語ができるようになったワケ ~その2~ | 「心とお金の言霊コーチ」佐藤文香のブログ

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時計大学時代
語学系学部ではないけれど、国際関係なので何かしらの英語の授業は4年間ありました
英会話の授業も必須。ネイティブの先生がいましたが、50人くらいの学生を一度に集めて英会話を教えるなんていう感じだったので、実際は比較的英語をしゃべれる学生が数人先生と話すくらいで終わってしまってたように記憶しています。
最初に書いたようにシャイだったわたしは、自分からなかなか先生に話しかけられないような状態でした。


2年後のとき、初めての海外。
アメリカで1カ月ホームスティをしました。
その前に数カ月英会話学校にも通いました。

現地ではなんとかホストファミリーとコミュニケーションは取れましたが、頭の中で日本語から翻訳して英文を作り、その後やっと言葉にしているような状態。それがすごくもどかしかったです。

日本人の大学生向けのコースに参加していて、いつも一緒に動いていた子が結構話せる子だったので、何かする時はほとんど彼女頼みでした。

それでも、海外での体験はすごく大きかったと思います。
いわゆるカルチャーショックというやつですかね。

日本とは全く違う時間が流れている。空気感も違う。
国が変わると習慣や物の考え方、生活の仕方が変わるのか! というのを肌で感じたのは大きかったと思います。

わたしは英語を教えるなかで、言葉そのものだけでなく、文化や風習、習慣などの違い、考え方の違いがあることきちんと学んでほしいと思うのは、この経験からなのかもしれません。
やはりそのようなことを知っていなければ本当にコミュニケーションをとれることにならないのではないかな、と思うのです。
なので英語を教える時だけでなく、ほかの教科を教えていても、関連があれば国によって文化や習慣はこんなに違うんだよ、というような話をよくします。

話がそれましたが…^^;


学生時代もラジオ講座は聞き続けてました。

とにかくカッコ良く発音できるようになりたい! と思っていたので、一人暮らしだったのをいいことに結構しっかり声に出してリピートだけはしてましたね。

でも重要フレーズを覚えて使えるようになろう、なんていう勉強の仕方は全然していなかったです。



そんなわたしが大きく変わったのが、卒業旅行でした。

ヨーロッパの各国を1週間ひとりで回りました。

その後友人と合流してイギリスに数週間滞在。
往復の航空券だけで行ったので、現地で列車のチケットを買い、ホテルを探すような旅です。当たり前ですが、何をするにも自分から話さなくてはいけません


相変わらず一度頭の中で英文を組み立ててから話すような状態ではありましたが、会話を楽しむことができるようになってきました
公園、ホテルのレストラン、駅、お店の中……。
欧米ではちょっした合間に本当に気さくに人が話しかけてきます。そんなおしゃべりがわたしを一番鍛えてくれたと言っても過言ではありません。
そんな会話はある意味応答のスピード勝負なので(苦笑)、だんだん考えなくても言葉が出てくるようになってきたように思います。


趣味で英会話を習いたい! という人のほとんどが、こういう旅先でのちょっとした会話を楽しめるようになりたいという理由からだと思います。
確かに、こうやって海外の人と話をすると自分のものの見方も変わるし、その訪れた場所の印象も変わります。ぐっと深く濃く思い出に残ります


時計会社員時代
新聞記者、雑誌編集者をしていたころは、さすがに英語の勉強をする時間的余裕が全くありませんでした。
たまに仕事がらみで外国人の方と会うことがありましたが、ペラペラとまではいかないものの、臆さずに話ができるようになっていました。
やはりたった数週間の旅行ですが、「自分で話さなきゃいけない!」という環境で過ごした経験は大きいです。





さて、わたしが本格的に英語と向け合うようになったのは、会社を辞めてフリーライターとして独立してからなんですが、それについては次回書きますね。

自分としてはそれほど気合を入れて勉強したつもりはありません。
確かに英検準1級を取る! TOEIC800点越えする! 教員免許を取る! というときはそれなりにやりましたが、たいていはけっこうゆる~く勉強してきたつもりなので、たぶん皆さんにもその時の勉強法、というか英語との付き合い方は参考になることが多いかと思います。