そんな気持ちを持ち続けられたらどれだけ幸せか。そんな時期もあった。
実際はそうそう理想通りにはいかない。音楽に拘って駄目になった事が増えて、しかも音楽で成功出来ず、かといって情熱的に充実した日々を送っているかと言えばそうでもないし、最近は運転中以外殆ど音楽は聴かない。宝の山だった大量のCDがゴミの山に見える事もある。それでも、
何故か演者さんを目指す夢だけは見ているかもしれない。もう辞めよう、何度も思ったが、誰も待っていない望まれていないその夢に拘ってきた。これはですね、
意地
ですね。
ここまで拘ってきたものを捨てるに値する他の選択肢が無いんですね。如何に終わってるか。他に何もない。意味なんかないかもしれないが、意地だけは一丁前。他を選んでも楽園は無いでしょう。拘っても無いでしょうか。ワカリマセーン。
スポーツマンだった学生時代、そんなに好きじゃなかったが勝つための努力は全力でしていた。それは意地だった。意地は良いガソリンになる。長く拘って初めて手にするガソリンだ。これもまたある意味で前進かもしれない。スポーツには向き不向き、悲しい事に才能や限界もあるし何より、老い、年齢という限界がある。しかし音楽に限っては、年齢の限界はグッと長い猶予があると思うのだな。漫画のブルージャイアントでも主人公がそんな事言ってるけど、俺も音楽の演者さんを目指そうと決めたのはその年齢限界の長さだったのだ。
いろんな時間を過ごして行こうと思う。好きじゃなくなってからが勝負。理想通りに夢や情熱、語るに惨めな自分であるが、それがリアル。そう上手くはいかない。道(ストリート)を歩くってのはそういうこと!
ちんち~ん