文学ing -89ページ目

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「あにじゃーあ」
腹が立っている私はお寺さんの玄関で呪文を唱えた。
呪文って言うか、暗号ね。私と恵俊さんは時々こんな風に呼び合う。
断っておこう。
私とミツキは、ミツキいわく大きいおばあちゃんの差し金でこんな、訳のわからない状態で育てられたのであって、まったくもって私の本意ではない。
考えてみてほしい。何にもしてないのに、殴られ足り蹴られたりするような痛み。
ご先祖でも、まつろわぬ神でも知ったこっちゃない。苛めだ。私はそう思っている。
「笹子かーあ」
と兄者の声がして、今日は衣姿で数珠をもって出てきた。
「なあに?法事でもあるわけ?」
「俺は真面目な修行中の身ですので」
と、言って兄者、恵俊さんは私に手を合わせた。
「勤行が終わったとこだよ。なんだ、どうした」
私は、気に入らない理由を伝えたくて、玄関の敷石をとんとん爪先で蹴る。
「あいつ、また滝先生に呼ばれてほいほい言って」
「ああ…」
兄者は察してくれたようで、
「上がれ…」
と、言う。遠慮なくあがって、兄者が自分の勉強部屋と呼んでいる八畳間に通してくれた。
私を先に入れ、襖を閉めて、彼の背中から冷たく湿った空気が上がる。
「滝か…」
ほう、とため息をついた。
「で、やっぱり心当たりは無いわけ?」
滝先生と言うのは、兄者と同じ大学で考古学を専攻していた先輩で、大学院を出てなにか、古いお墓を発掘しているそうだ。
私が足を投げ出して畳に座ったら、兄者はきちんと衣の裾を揃えて正座すると。
「まったく何を考えているんだか…」
渋る。
「ロリコンは兄者だけかと思ってたのに」
ばかやろう、と言ってから。
「笹子が高校卒業するまでちゃんと待つ」
分かってますよ、何度も言われてるから、と私は心の中で思った。
「今んとこなんにもないらしいからさ、」
「当たり前だ。しかし、読めんなあ」
「中学生に出土品についてなんか聞きたいことなんてある?」
私たちのことについて、兄者が口を滑らすなんてことはない。恵俊さんは黙った。黙って何かを考えていたけど、
「年のため、お前は着いていくんじゃないぞ」
「ミツキを思うなら着いていけって言うでしょうね」
彼が私をじっと見る。
「バカなことを言うんじゃない」
ロリコン。と、感情を込めて言ったら、
「笹子はいつかきちんと大人になるだろ」
正論にも正論で返されたので、一言も無い私なのだ。