土曜日の夜に石巻に到着して一泊。
石巻へ向かう途中、仙台あたりで津波の爪痕。
全く海なんて見えないのに。
日曜日、和尚さんのご親戚やお寺などへの
お見舞いまわりやお墓参りに
お供させて頂きました。
石巻港、女川を通り移動。
瓦礫しかありません。
自衛隊の方達が手作業で瓦礫を選り分けているところ
を見かけました。
移動している途中こんな様子を見ることも
写真や映像で何度も何度も見ていたけれど、
この目で見た景色は全くの別物。
言葉にならない。
見るすべての海岸線が壊滅しています。
いったい何百キロに渡っているのか。
3月11日まで本当に人が住んで働いていたところ?
瓦礫だらけの中に、
クルマが通れるように道を開いてくれています。
道はライフライン。
物資が人が移動できる。
ガソリンはまだまだ少ないようです。
お昼過ぎに炊き出しのお手伝いをさせて頂く、
尾浦のお寺『保福寺』に到着。
心強い東北のお母さん達のお手伝いをして、
豚汁とご飯を炊きました。
水も電気もガスも通っていません。
お昼過ぎ、物資がどんどん届いていました。
避難民約100人名分。
余震が続く中、
また何かあったら何日もつのかと不安はつきません。
コドモは8人。
持っていったオモチャをとても喜んでくれました。
「あーサッカーボール! 〇〇くんサッカー習ってたって。
サッカーボール流されちゃったって言ってた。喜ぶねー!」
って、他のお友達の為にすごく喜んでたコドモ達の様子が
印象的でした。
このお寺から少し本当に少しだけ海の方へ行くと瓦礫が。
保福寺はギリギリ津波がこなかった。
海辺の電柱は折れ曲がり。
クルマは木の間にささっていました。
私は避難民の方々と何をお話ししたらいいか
全くわからなくなりました。
住職の奥様と少しお話をさせていただきました。
4人の幼子を抱える彼女。
「家族全員一緒なだけでありがたい」
とてもとても疲れている様子でした。
「この状態がまだ2-3か月は続くと思う」
とても心配です。
津波で壊滅させられた街をみると、
ライフラインはいつ戻るのか全く想像がつきません。
この時代の日本で、電気、ガス、水がない状況。
石巻の市街地ではライフラインが復旧してきています。
でも、自分の街から離れない避難民の方々。
街を見て海を見て何を思い考えているのか。
私には想像もできません。
私ができることは何だろう。
保福寺からの帰り道、
石巻の小学校で100名のうち70名が
亡くなってしまったというコドモ達が供養されている
というお寺に寄りました。
手を合わせさせて頂きました。
いま泣きたいのは私なんかじゃない。
私にできることは何だろう。
何度も行きます。
何ができるか考えながら。
見た街が再び美しい街に戻る日まで見守ります。
東京では自分のできることをきちんとする。
毎日、感謝して。
まだ整理しきれておらず、読みにくくてごめんなさい。


