ソチ五輪ジャンプ男子ラージヒルで日本の主将・葛西紀明が、見事、銀メダルを獲得しました
では、そもそもV字飛行の始まりはいつなのでしょうか?
V字飛行の始まりはいつ?
現在のジャンプスタイルであるV字飛行を最初に飛んだのは、スウェーデンのヤン・ボークレであり、真っ先にV字ジャンプに取り組んだパイオニアとして、その名を残しています。
そのきっかけは非常いにユニークと言ってよいのか、元々足がガニ股であったため、1985年頃から空中でスキーの先端が大きく開くフォームとなってしまいました。
当時はスキーの板を並行に揃えないと飛型点を減点されるうえに、最初の頃は空中姿勢も安定していなかったため、このフォームで飛距離を伸ばしてもなかなか成績を残せずにいました。
ですが、1988-89年シーズンには空中姿勢と着地が非常に安定するようになると、板を開いたこと以外による減点はほとんど無く、板を開いたことによって飛距離が出ることに加えマッチ・ニッカネンやイェンス・バイスフロクと言ったクラシカルスタイルのライバル達に飛型点さえ勝ることもあり、このシーズンに5勝を挙げて総合優勝を果たしました。
当時、板を揃えて飛ぶのが当たり前だった時代においては、非常に特徴的でしたが、概ねの選手が飛距離を伸ばすようになりました。
ご覧のとおり、それまでは下の笠谷選手の美しい飛行スタイルが、世界最強とされていました。
【札幌オリンピック(1972) 笠谷幸生が70m級 金メダル 当時の飛行スタイル】
【ソチ・オリンピック(2014) 葛西紀明がラージヒルで 銀メダル 現在の飛行スタイル】
葛西選手の最強のV字の完成には成功と座絶の連続でした。
その道のりは長いスタイル改良の歴史に裏付けられています。
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真っ先にV字ジャンプに取り組んだパイオニア。
葛西は小学生時代から大会で結果を残す。高校に進学すると、1年生にして早くもワールドカップに参戦し、世界選手権代表にも選ばれている。
当時、ジャンプ界には「V字ジャンプ」の旋風が吹き荒れようとしていた。従来、理想とされてきたフォームとはかけ離れた飛び方は、まさに革命であった。あまりにも大きな変化ゆえに、日本のジャンプ界は対応に立ち遅れたが、その中で真っ先にV字ジャンプに取り組んだ先駆的存在となったのも、葛西である。
V字ジャンプを独自に改良した「カミカゼ・カサイ」。
'92年、アルベールビル五輪に出場。ノーマルヒル31位、ラージヒル26位と結果を残せずに終わる。
その後、葛西は海外でも大きな注目を集める選手になっていった。スキー板よりも体を前に出す独特の空中姿勢が、他国の選手や観客に大きなインパクトを与えたのだ。ついたニックネームは、「カミカゼ・カサイ」。国際大会では、葛西の名がコールされるとひときわ大きな歓声と拍手が起こるほどだった。
V字ジャンプを習得し、独自に進化させたからこそ、独特のフォームを築き上げることができたのだ。
成績がそれを裏付けている。'92-'93年のシーズンには、ワールドカップで年間総合3位になったのである。20歳にして世界のトップジャンパーの一人になっていた。
'94年のリレハンメル五輪を前にすると、「日本のエースは葛西」と言われるほど存在感を増していた。葛西自身、「いちばん自信をもって臨めたオリンピック」と振り返る大会だったが、いざ大会が始まると、ノーマルヒル5位、ラージヒル14位。ラージヒル団体の銀のみに終わる。
2006年トリノ五輪当時は、空中で両腕をピタリと体に付けていた。
その後、少しずつ腕を広げていった。20代の頃から、葛西の強化に関わってきた北星学園大の佐々木敏教授は「ヤジロベエのように、左右のバランスが取れた空中姿勢は、ジャンプ台の規模が大きいほど生きる」とうなる。9日のノーマルヒルは8位だったが、一回り大きな台で、五輪で自身初となる個人のメダルにたどり着いた。
並みの選手だと、空中で手を少し広げただけで、バランスを崩してしまうという。さらに、足の開きは板の揺れにつながり、力の入れ方を間違えば、すぐに飛型点の減点につながる。鍛え上げた体と天性のバランス感覚、研ぎ澄まされた技術が融合し、世界に一つの飛型が生まれた。
V字飛行で伸びる“感覚”に手応え
2010年のバンクーバー・オリンピックでは、ジャンプスーツにも調整を加える。股上のカッティングと縫製を調整。足を広げると「股下の生地が伸びる感じに仕上がった」。“遊び”の部分はルールで規定されているため実際に伸びることはないが、股下の生地がムササビの「飛膜」のように伸びる“感覚”に手応えを得ている。葛西はV字飛行で他の選手より大きく足を開くため、この“感覚”は無視できない。“魔法のスーツ”ではないが、葛西にとっては“理想のスーツ”が完成したと思われた。しかし結果は、ラージヒル個人で8位、団体で5位入賞なる。
ソチで完成された葛西の空中姿勢
そして、鍾乳石のように長い年月をかけて、葛西の完成された空中フォームはでき上がった。足を肩幅より大きく開いてスキー板をV字にし、手のひらを下に両腕を広げる、独特の姿勢だ。41歳のベテランはこう説明する「モモンガみたいでしょう?飛行機をイメージしているんです」
勝利の女神が葛西のV字に微笑んだ。