ポリアモリーという選択があることを知ったのはここ2、3年だ。

 

 

10年に渡るセックスレスが相当に苦しくなっていた私は離婚を考えはじめていた。

 

 

そんな時に、テレビで「ポリアモリー」を知った。

 

 

ポリアモリーとは

 

 

関与するすべてのパートナーの同意を得て、

 

 

複数のパートナーとの間で親密な関係を持つこと。

 

 

または持ちたいと願うことを指す。

(Wikipediaより引用)

 

 

 

 

 

今は夫を愛しているとは言い難い。

 

 

でも家族の情は確かにあると感じている。

 

 

私一人の考えでよければ「離婚」を選択したいと思う。

 

 

ただ、子供や夫の気持ちを考えるとそれが最善の選択とはなりそうにない。

 

 

これからの夫との話し合いにもよるとは思うが、ポリアモリーという選択もあるのではないのだろうか。

 

10年にわたる長いセックスレスの私ですが「せめてこうしてくれれば」

と思っていることがあります。

それは優しく抱きしめてほしかったということです。

 

私は元々肉体的な接触は好きで、握手したり、親密になればハグをしたくなるタイプです。

仕事でも相手に対する親愛の心を込めて、腕のあたりをポンポンしながら「ありがとう」とか「たすかりました」と伝えていました。

まあこれ、今の時代はアウトっぽいですけど・・・。

 

 

 

夫には抱きしめてほしかった。

 

 

 

 

セックス自体は男性が奮い立ってくれないと、難しいですよね。

奮い立たせるのに私は抵抗感は全くないですけどね(笑)

相手がそれを受けとめられない状況だったり、望んでいない状況だと、こちらも相手も傷つくことになってしまうと思うのです。

 

ですから、夫にも

「できないのは仕方ないけど、せめて抱きしめてほしい」とお願いしていました。

自分から腕を広げて抱っこをねだりったり勝手に夫に抱きついたりもしていました。

 

でも夫はきちんと抱きしめてくれないんですよね。

「もっとぎゅっとして」とかも言ってましたけど、夫はそれをなかなかしてくれませんでした。

 

 

 

「この夫婦生活はもうだめだな」って思った瞬間は、夫が寝そべってスマホでゲームをしている時に、すり寄って私が抱きしめた時に、うっとうしがって体をずらして私の腕の中から出て行ってしまった時です。

 

 

 

10年のセックスレスで、さみしい気持ちも伝えていて

「できないのは仕方がないけど、抱きしめてほしい」

といっても抱きしめてくれない夫を、自分から抱きしめなくてはならなかったのですから、それすらも受け入れてくれないその事実に「もうだめだ」と思わされたのです。

きちんと語り合えるパートナーが欲しいと思っている。

 

相手を無理やり変えようとは思っていない。

 

「こうしてほしい」というのはもちろんあるけれど「嫌々やる」ことを強要したいわけではない。

 

ただ「こうしてほしい」ということを相手に求めるのではない、別の方法ががあるのではないだろうかと思っている。

 

 

 

 

昨日も先週に引き続き、夫から何かを引き出そうと質問してみた。

 

「これから私たちはどうしてくのがいいのかな?」と問いかけた。

 

「俺はこのままでいいよ。」

 

「このままじゃ、私は嫌なんだけど」

 

「全くなにも変えないといっているわけじゃない」

 

と、話を始めたが、ここで夫はビールを飲みだした。

 

 

 

夫は(彼の父も)飲むと相当失礼なことを言ってしまう人だ。

マウント体質とでもいうのだろうか・・・

私たち二人の結婚のお祝いに、彼の友人と一緒に飲んだことがあるが、友人のことを下げるような発言をするのだ。

そして、以前の会社の仲間と飲んだ時でも自分の立場を上げるような発言をするのだ。

 

なので自然と私のほうも身構えたが、もう長く一緒に居るのでどんなことが起こるのかは予想がついている。

自分に動揺しないように、感情的にならないように言い聞かせながら話を聞こうと考えた。

 

 

 

「なんでそんなに離婚がしたいの?再婚でもするのか?」

 

「再婚?そういうわけぢゃないけど、離婚がどうこうじゃなくて、この先死ぬまでの時間をあなたと一緒に過ごすのは辛いと思ってる」

 

「そんなに離婚がしたいの?」

 

「子どものためには離婚はしないほうがいいのだろうとは思ってる。でも、このままの夫婦関係なら私は耐えられそうにない」

 

「子どものためには・・・」

 

「私は何10年にもわたり、要望を口にしてきたけど全くきいてもらってないから、それがなぜだったのか知りたいと思ってる」

 

「お前も俺の言ったことをやってくれないじゃないか」

 

「でも、努力はしてきたよ。あなたの望むレベルには達してなかったんだろうけど・・・」

 

 

 

夫は私に今までされた嫌だったこと、やってほしいのにやれなかったこと、を伝えてきた。

まずは新婚1年目に私に触れてくれないことに関して怒りをぶつけてしまったときのことだった。

次には整理整頓ができないことに対して。

そして結婚してから太っていることに対してだった。

 

 

 

それらに対しての気持ちを次のように伝えた。

 

触れてくれなくて怒りをぶつけてしまったこと

→さみしくて悲しい気持ちをうまくコントロールできなかった。

 

整理整頓ができなかったこと

→もともと片付けは苦手。結婚する時にもそれは伝えた。私なりには精一杯やってきた。

 

太ってきた

→ジムに行って実際やせた。独身時代よりも痩せた状態になった。(今はまた戻ってます泣)

 

 

 

 

 

私が夫の望む妻にはなっていなかった、ということを確認できた。

 

私が「離婚したい」と思っていることの理由がもう一つあります。

 

実はもう私たち夫婦は10年以上にわたるセックスレスなんです。

 

私はセックスを楽しむタイプです。

楽しむといっても誰とでもよいわけではなく恋人だったり、夫だったりというステディーな関係の人と愛し合う行為が楽しいのです。

 

恥ずかしながら、もともと性欲が強いほうだったのかもしれません。

だからといって、よく知らない相手と夜を共にしたりとかは一度もありません。

 

肉体的な気持ちよさが好きというのは否定しませんがセックスって私にとってはそれだけじゃないんです。

 

瞳から愛しいと思っている気持ちをしっかり感じとったり

 

相手の存在をまるごと受け容れることだったり

 

愛を伝える行為であり

 

ありのままの自分のすべてで相手を喜ばせる行為だし

 

生命をも生み出すクリエイティブなエネルギーの交流で

 

お互いの存在を近くで、境目のないほどに感じるすばらしい行為だと思っています。

 

 

私にとってはこれ以上の喜びと楽しみにあふれた行為ってほかにあまりないのかなと思っています。

(仕事で稀に、あった気はしますが)

 

 

 

 

それが・・・ない。

全然・・・ない。

もう胸が痛くなるほど悲しいし、今も涙が流れそうになるほど辛い気持ちになります。

 

 

 

色々工夫したし

夫にも伝えたし

努力もしたつもりだし

夫にも負担にならないよう言葉を選んで伝えて…

 

 

 

それでも私には与えられなかった。

 

 

 

「何が悪いんだろう?」

「もう愛されていないのかな?」

「どうしてダメなんだろう?」

 

ずっとそんな思いを味わって今に至ります。

 

 

 

新婚当初はベッドで一緒に眠っていたのですが、風邪をひいたときに別室で眠ることがあり、ある日をきっかけにそのまま離れて眠るようになりました。

もちろん一緒に眠ってほしいと訴えました。

 

また、セックスできないとさみしいとも訴えました。

自分から甘えるように伝えてみたり、

責めていると感じさせないように冗談ぽく「イチャイチャする?」と伝えてみたり。

 

もちろん辛くて泣きながら気持ちを伝えたこともあります。

でも、無理をさせるのは違うから、夫の気がノらないのなら仕方がないと思い、いつかは抱いてくれる日がくるのかと思って気持ちを伝えながら、根気よく待っていました。

 

それで10年もたってしまいました。

そもそも、夫は10歳も年が上なので

年齢的に難しいというのもあるのかもしれません。

 

もう私の心は擦り切れてしまっています。

今は夫とのセックスを思い描けないほど心が離れてしまっていることを自覚しています。

 

 

 

それは少し前に夫から投げつけられた言葉によって引き起こされました。

 

 

 

「お前はただセックスしたいだけなんだろ!」

 

 

なんとなく最近視界が少しづつ開けてきたような感覚があります。

 

昔から「相手は変えられないから自分が変わる」という話は真理だなと感じていました。

 

真理だと思うから「私が変わるんだ」とがんばってきたように思います。

 

私の場合は「夫は私を受け止められないから、私が夫をを受け入れてあげればいい」そんな風にずっと考え、行動してきたように思います。

 

ところが、私自身は彼を受け入れてきたけれど、私自身は全く彼に受け入れられていないと思っていました。

 

それが今の大きな不満の原因になっているのかもしれません。

 

 

 

夫は何かにつけて、人の意見には否定的な見解を示す人です。

 

そして人を全くと言っていいほど褒めない。

 

子どもに対しては何かがうまくいっていれば褒めることはありますが、試合の応援にいくと悪いところしか指摘しないのです。

 

 

一方私は「ほめ上手」と職場で評価されることが多いです。

 

ですから、子供はもちろん、夫のことも褒めたり感謝したりというのは当たり前に行っていました。

 

でも、夫からは全くほめてもらえない・・・それどころか否定的なことを言われるばかりです。

 

そんな生活をずっと続けてきたから、私は自分が夫から愛されているとは感じられなかったのです。

 

 

 

相手は変えられないから自分が変わるという考えは真理だと思っていましたが

 

自分の変わろうとする方向がずっと間違っていたんだなと最近思うのです。

 

もっと早くに気づけそうなものですが、10年以上も気づけなくて驚きです。

 

一生懸命に夫を受け入れようとして、そうして変わっていく自分を目指していたのですが大して私の器は大きくないようで・・・。

 

なのに「このわからずやの夫」と思い、恨みに近いような気持になっていたとは・・・

 

10何年もがんばってきたけど、がんばる方法がおかしかったんだ。

 

 

 

友人に相談はしていたのに、意外な盲点があったように思います。

 

辛くて辛くて、もう「離婚しかない」と思っていたのに、心の奥底に隠れてしまっていたもう一度夫を愛したいという気持ちが、すこしだけ自分を進ませてくれたような気がします。