夜間特別枠廃止について | 3月23日(水)【文・文構一期生卒業大放談会】

夜間特別枠廃止について

私は学部について、基本的には親派なので「建設的な批判」などと言われるとドギマギしてしまうのですが(笑)、一期生として下の代に伝えておきたいと感じる精神は、いくつかあるような気がしています。

その中のひとつ、「夜間学部の廃止」について、私は批判という形を借りて、言葉を残したいと思います。

早稲田大学文化構想学部の夜間特別枠入試は、2008年に廃止が決定され、2010年度入試より募集を停止しました。
(学部公式通達→http://bit.ly/gxpjxB)

発足当初、文学部・文化構想学部は「第一文学部・第二文学部の伝統を受け継いで」再編・誕生した学部と謳っていました。一文の流れは、ほぼ文学部が踏襲しているといっていいでしょう。しかし、二文の流れは、どうでしょうか?
早稲田大学の第二文学部は、辺見庸・吉行理恵・森絵都などの有名作家を始め、芸能界や文壇に多くの著名人を輩出しており(参考→http://bit.ly/i6F4xb)、「二文独特の空気感が確かにあった」とOBの方々は口を揃えて言うような、独自性の強い学部であった。その独自性は、受け皿の広さからくる“カオス感”なのだと思います。色々な事情や思い入れを持った人間が同じ机で学ぶからこそ、生まれる深みだったはずです。

「社会人=夜間」の需要がなくなったから廃止、果たしてそれでいいのでしょうか? 無論、様々な懸案を鑑みての判断であるとは思いすが、志望者が減ったからといって、それを単純に需要の低下と見てよいのでしょうか?
私は『Re:ALL』という媒体をきっかけに、夜間枠の方々とお話する機会に何度か恵まれましたが、正直危機感を覚えました……自分の学習姿勢について、です。夜間枠の方々の多くは、仕事や家事をこなしながらその多忙な合間を縫って、大学に授業を受けにきています。その目標意識と学習意欲の高さには、本当に頭の下がる思いがしました。
「社会人」の大学入学の垣根を下げることは、社会人のためになるだけではありません。学習意欲の高い社会人が学生として在籍することは、現役の学生にとって大きな刺激となり、また利益にもなります。
夜間へのニーズがなくなったというならば、昼間でも対応できる「社会人枠」を作ればいいと思います。廃止にすることは、確実に、社会人への学びの場の提供を放棄することになります。それは、これまでの二文の伝統を放棄すること、にも繋がるのではないでしょうか。

文化構想学部は、校歌にも歌われている「進取の精神 学の独立」を体現しようと、新しい領域を切り開く意志を持った学部と見受けております。だからこそ、古き伝統は末長く温めていくべきです。

「社会人学生の受け皿」は、この学部に確固として残していくべきだと、私は思います。

文化構想学部
文芸・ジャーナリズム論系
西山武志