69 、上京三日目.11

横浜ワールドポーターズ「とんかつ かつ楽」の店内。

守叔父さんは食事を注文した後、テーブルの端に置かれた調味料などを物色しはじめた。
ラミネートされた練りからしの小袋を指差しながら、

 

「コレ、ナニ?」
(これ、何?)



との質問。 「からしだよ!」と私が答えると、

 

「イタイヨネ!」
(痛いよね!)



と守叔父さんは言った。 私は、子供ならともかく、大の大人が「痛い!」と表現するのは変だなと思った。 タバスコや赤唐辛子ならば、「痛い!」と言う表現もあるかもしれないが・・・。 守叔父さんは続けて、

 

「カライノダメ、
リリィチャンハ、
カライノスキダッタ。
カラシ、タベルノ 
カッコイイ!」
(辛いのダメ、
リリィチャンは、
カライの好きだった。
からし、食べるの
カッコいい!)



と言った。

「からし」から元彼女の話がでてくるとは・・・。 そして、からしが食べられるとカッコいいと思うのは、なぜだろう!?
守叔父さんは、よっぽど子供の味覚なのだろうか? それとも、口内炎か虫歯か何かにしみるのだろうか?
 

 

からしが食べられるとなぜカッコいいと思うか、その理由を、私が守叔父さんへ質問しようと考えているタイミングで、守叔父さんは、丸い陶器のフタをとって、中の黒いものを指差しながら、

 

「ナニコレ?」
(何これ!)



と言った。 店名のとおり、「かつ」の専門店である。 どうみても、トンカツソースにしかみえないのにな・・・? と思いながら、

 

「カツにかけるソースだよ!」



と伝えたものの、守叔父さんは、何だか腑に落ちない様子であった。 仕方なく、カツにソースをかけるジェスチャーをしてみせると、

 

「アァ、アァ!」
(あぁ、あぁ!)



と言って、私のジェスチャーのマネをしながら納得したような顔になった。 とんかつを食べたことが無いはずはないが・・・。

他、サラダドレッシングや爪楊枝、お箸などについても、同じように守叔父さんの質問が続いた。

その時の守叔父さんの様子は、訪日外国人が初めて和食に接する時のような雰囲気であった。 知らない文化に初めて接する時のような・・・。 

日本生まれで、日本育ちの守叔父さんには不要な質問であるはずなのに・・・。

私は、それぞれ、言葉による説明と共にジェスチャーによって説明した。 すべての物の説明が終わったら、守叔父さんは落ち着いてくれた。 
 

 

落ち着いた守叔父さんはiPhoneを取り出し、画面を操作しはじめた。 
そして、少し困った顔をしながら、その画面を私に向けて、

 

「ロクジュウ ゴ キロ
シッパイシタ!」
(65キロ
失敗した!)



と守叔父さんは言った。 

何を失敗したのだろう? 「65キロ」とは何だろう?

(つづく)