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先日、植物の繁殖力を高めるためスイセンの株分けをした。なぜなら、スイセンは繁殖力が強いものの肥料を与えず放っておくと小さくなり、しまいには全滅する恐れがあるからである。株分けすることにより独り立ちし、一段と大きくなっていくのである。一時期、繁茂した植物が消えてしまったことを幾度となく経験した。

先日、庭に繁殖している約300株のスイセンを株分けして植え替えたところ、広い場所でスイセンは、自由を謳歌しているみたいに見えた。これは、人間の成長と同様である。子供が大人になると親から独立して、荒野を目指さなければならないが、何故かパラサイト・シングルが増えているようだ。

パラサイト・シングル とは、学校を卒業後も親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者で、日本の人口減少の理由のひとつだと思っている。

ところで、庭の雑草を採りながら植物の繁殖力を考えてみた。雑草は、なぜ繁殖力が強いのだろう。踏みつけられても、踏みつけられても、生きようとする生命力が強いのだろう。参考までに、美空ひばりさんが歌った“雑草の歌”の歌詞は、次のとおりである。

【 雑草の歌 】

生まれて 今日まで 耐えてきた こんな涙を 誰が知る

踏まれながらに  生き抜いて 路ばたに生える  草のような

強い 強い 女になりました

 

咲かずに 散っては いけないと そんな自分に むちを打つ

辛いこの世を  生き抜いて 路ばたに生える 草のような

強い  強い  女になりました

 

(セリフ:私のこの体の中には 日本に生まれた古い血が流れています

そんな人間の少なくなった今日でも おてんと様だけは私を照らしてくれました )

辛いこの世を 生き抜いて 路ばた生える 草のような

強い 強い 女になりました

「十勝の活性化を考える会」会員

 

 

合縁奇縁という言葉がある。合縁奇縁とは、人生は不思議な巡り合わせによってできているという意味である。人との出会いは如何に気心が合うかどうか因縁次第であり、それは不思議な力によるものであるという。

なお、一期一会のように一度きりの縁を大切にして誠意を尽くすという意味は、合縁奇縁には直接的には含まれていない。合縁奇縁と少し関係あるが、心に深い感動を与えた詩人である 相田みつを氏の詩があるので掲げよう。

1人生において 最も大切な時 それはいつでも 今です

2.毎日毎日の足跡が おのずから人生の答えを出す
きれいな足跡には きれいな水がたまる

3.あのときの あの苦しみも あのときの あの悲しみも
みんな肥料になったんだなあ じぶんが自分になるための

4.私がこの世に生れてきたのは 私でなければできない仕事が
何かひとつ、この世にあるからなのだ

5.私のこのヘタな文字、つたない文章も、
見てくれる人のおかげで書かせていただけるんです。
「おかげさんで」でないものは、この世に一つもありません。
みんな「おかげさんで」で成り立っているんです。

6.七転八倒 つまづいたり ころんだりするほうが
自然なんだな 人間だもの

7.ぐちをこぼしたっていいがな 弱音を吐いたっていいがな
人間だもの たまには涙をみせたっていいがな
生きているんだもの

1 については、私の脳出血をした経験から、いつまた倒れるか分からないので、テレビで有名な塾長である林修氏も言っているように、「いつやるか、今でしょう!」ということになる。 

2と3に関しては当然のことである。4については人生において自分の役割が必ずあるので、それを見つけ出すことが大切だろう。7に関しては、同じく脳出血を罹患した官僚だった方が、次のように書いている。

『 現在私は、定期的に医療や福祉サービスを受けています。医療や福祉をはじめとして多くの社会組織には、「施す」側と「受ける」側の存在があります。そこには自ずと、上位にある側と下位にある側との関係があります。医療では、医師と患者。福祉では、支援者と障害当事者といった具合です。

それは意識の根底に、自分が他者に対して何ができるかという、いわば上位に立つ無意識の思い込みが忍び込んでいることもあります。障害のない人から見て多くの人は、障害があるから「できない」という思い込みは、気づかないうちに行動、言動に表れるもので、私は何回もそういう状況を経験しました。

最近、人が人を世話したり、支えたりすることは一体どのようなことか、そして人として、そこにどのような課題があるのかを考え始めました。このことは、立場が入れ替わったときにはじめて気付くものです。

現在私は里山に移住し、自分が暮らし続けたい場所で豊かな人間関係に囲まれ、社会的役割や自己肯定感をもって生き生きと田舎暮らしをしています。自分を支えてくれる地域は、自分が支える地域でありたいとつくづく思います。

これは、「互酬」(お互いさま)に基づき、私のライフワークとして、誇りと尊厳をもって人間らしく自分らしく生きられる社会を創り出したいと考え、活動の支えになっています。

私は発病以来、多くの人々の支えでここまで来ることができました。とくに心が折れそうになったとき、ある人との出会いで勇気をもらい、そこからこころのきっかけが生まれました。

今度は、中途障害を持ったから気づいたこと、障害があるからこそ果たせる役割があると考え行動しています。私にとってのエンパワメントは、社会的障壁や不均等をもたらす社会的メカニズムの変革を考えています。』

既述の文章を書いた方とは、帯広市にある「十勝プラザ」という講演会場で会ったのがきっかけである。まさに、一期一会といっても良いだろう。

「十勝の活性化を考える会」会員

 

ウィスコンシン大学教授 大貫恵美子著“樺太アイヌ民族誌を読んだ。大貫恵美子氏は、1934年神戸市生まれの米国籍の文化人類学者で、この本は両親に捧げたものでもあった。

本には樺太アイヌなどの生活や世界観などが書かれていたが、人生の大半をアメリカでの生活で送っていただけに、ユニークな本の一冊と言えよう。

ところで、北海道上士幌町で発見された嶋木遺跡は、1967年に発見された旧石器時代(約2万年前)の遺跡である。1989年の日ソ共同調査を経たのち、2010年から、首都大学東京の出穂雅美准教授を中心としたチームによって、調査が行われている。

出穂教授は、約20万年前にアフリカで発生したと見られる現生人類(ホモ・サピエンス)が、どのように世界中へ拡散したのかを調べている。この嶋木遺跡での調査が、北東アジアにおける人類の動きを知る一つの手がかりになるそうである。

人類の生きた最古の時代である旧石器時代に、日本における人口推定値が、研究者によって違いがあるものの発表されている。旧石器時代前期(400万〜20万年前)12万5千人、同中期(20万〜4万年前)100〜120万人、同後期(4万〜1万3千年前)220〜300万人とみられている。

日本列島に人が住み始めたのは、約3万5千年前の旧石器時代以降と言われている。日本列島には、最終氷河期の最寒冷期にシベリアからマンモスハンターと呼ばれる人びとがきた。

また、氷河期末期の気候温暖化と共に東南アジア方面から“黒潮の民”と呼ばれる人びとが日本列島に辿り着き、列島内で長い時間をかけて交流を重ねることで、やがて豊かで独自の狩猟採集の縄文文化を形成した。そうした縄文文化の担い手が、日本人の原型とも言える “縄文人”と呼ばれる人々である。

原生人類と樺太アイヌが、どのように関係あるのだろうか。樺太アイヌがツングース族(女真族)と混血している可能性があるからである。ツングース系民族は、満洲からシベリア極東にかけての北東アジア地域に住み、ツングース語を母語とする諸民族である。

また、日本人とブリヤート人がそっくりなのである。ブリヤート人とは、モンゴル、中国に住んでいるモンゴル系民族で、横綱になった白鳳などのモンゴル出身の相撲力士を見ればわかるが、モンゴル人は、日本人と大変似ているのである。

モンゴル族の先祖は、バイカル湖の周辺で定着し始めてから、モンゴルなどの草原地帯へ進行した。そして、樺太アイヌの一部がツングース族(女真族)と混血していたという。

ツングース系民族は、満洲からシベリア極東にかけての北東アジア地域に住み、ツングース語族に属する言語を母語とする諸民族のことである。モンゴル系民族の先祖は、バイカル湖の周辺で定着し始めてから草原地帯へ進行したという。なお、アイヌはベーリング海峡を渡って、イヌイットとも混血したらしい。

イヌイットとはカナダ北部などの氷雪地帯に住む先住民族のエスキモー系諸民族のひとつである。人種的には日本人と同じモンゴロイドで、エスキモー最大の民族である。

「十勝の活性化を考える会」会員