ブナピーは、
幕末というと、大政奉還してすぐ明治
戊辰戦争は、無視か? ( ̄_ ̄ i)
で、徳川シリーズを書くに当たって
そのとき見つけた興味深いエピソード、
こぼれ話をおひとつ披露します。
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和宮の婚約者だった彼
有栖川宮熾仁親王(たるひとしんのう)
「残酷な人事」で紹介したが、
彼は婚約していた和宮を幕府に取られた。
女性はもちろんだけど、この時代
男も婚約を解消されると後が難しい。。
次に婚約できるまで7年かかった。
彼は32歳になってた。
お相手の名は徳川貞子。彼女はなんと
幕府の罪滅ぼし?
しかーし
婚約したひと月後に
慶喜が大政奉還してしまったので
(@ ̄Д ̄@;) 結婚に至らず‥
本文にあるとおり
熾仁(たるひと)親王は倒幕軍のトップ
東征軍大総督となり江戸城まで進軍するのだが
「慶喜が恭順するのなら
慶喜助命、徳川家存続」
の意志を固めており
3月6日にはさねやな兄貴や西郷隆盛を集め
「江戸城総攻撃は3月16日。
でも慶喜が恭順するなら無血開城」
と命令していた。
で、明治になって落ち着いた頃
ご和算になった婚約が、3年後にその彼女と
ところが!
たった2年で彼女が死去。
まだ20歳の妻だった‥
翌年、別の女性と結婚するが子宝に恵まれず
特別扱いで異母弟に家督を譲ることができたが
その息子が早世したため
江戸初期から続いた有栖川宮家は断絶した‥
後年、熾仁親王は
「政略結婚により許婚者・和宮を奪われた
悲恋の主人公」
としてのイメージが定着し、多くの恋物語や隠し子伝説の主となった。
スピ系ならご存知の、あの出口王仁三郎が
彼の落胤(隠し子)という話もある。
お次は、
全てが当てはまった ( ̄ー ̄;) 過去世を語る
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