大奥はどうなった?
和宮の兄、孝明天皇から数えて
5代目の天皇陛下が即位したその月、
令和元年、5月の某日
Mちゃんと
江戸城(皇居)へ出かけた。
原っぱになってる
藤子が出てきて呟いた。
「私が京から戻った時に
こんなに(野原)なってなくて良かった」
嘆願書は間に合った
ここは 天皇即位の儀
大嘗祭が行われる場所なんだそうだ。
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藤子が持ち帰って来た、嘆願書の返書
朝廷の「和平方針」は,絶大な力を発揮した。
戦は回避の方向へ
1868年3月1日、藤子が江戸城に戻って来ると
慶喜は、後のことを勝海舟にまかせて
上野の寛永寺で謹慎していた。
江戸城の無血開城を完遂させるには
「幕府の全ての者が恭順しないと成功しない」
「説得にはもう少し時間がかかる」
「東海道総督の橋本実梁を止めに行ってもらえないか」
(恭順‥心から従ってさからわない)
さねやな兄貴のところへ
再び和宮の使いで出かける事になった。
いよいよ (# ゜Д゜) 最終回
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