ついに、と言うかとうとう、長年連れ添った妻から離婚、ん~正確に言えば別居を切り出された。

当然と言えば当然の事かもしれない。

子供たちにも満足出来る生活を送らせていない。

高校生の長男は、友達にマックに行こうと誘われても、お金が無いからと一人その場を離れ帰ってくる。。。らしい

それを妻から聞かされた時には、改めて父親として何もしてやれない自分が恥ずかしく、情けなかった。

今月誕生日を迎えた二人の息子に、ケーキの一つも買ってやれない。

紛れも無く、男としての自分に責任がある。

仕事も派遣しかなく、収入も安定しない。

育った環境なんて、今の状況に陥った原因にもならないのに、グズグズと人や物のせいにしてしまう自分が腹立たしくて仕方ない。

リーマンショックさえなければ、リストラにさえなってなければと、考えてもどうにもならない事が体中に怒りと失望で埋め尽くされている。

明らかに間違った生き方をしている。

親を批判する資格すら今の僕にはない。

今までどうにかなってきた。だから今回も大丈夫だろうと、自信が甘えに変わっていたのかもしれない。


出来の悪い自分をいくら悲観しても、状況は変わらない。


これからの子供たちの人生に、大きなハンデを負わせてしまったと、いくら反省してもしきれない。


タレントか女医かどっちでもいいが、あの西川さんが言っていた。

世の中の99%の事はお金で解決出来ると、母親から教育されたと。

嫌味に感じる方もいるかもしれないが、彼女の言う通りだと今更ながら納得してしまう。


そう、今の状況も、金さえあれば解決出来る事なのだ。


残念ながら、その解決出来る唯一の手段、お金がどこからも出て来ない。


計画性もなく、親としての責任を果たせない自分は、生きる価値すらない。
本当にそう思う。


家族すら守れない男が、幸せになどなれる筈もない。

中学生の次男の寝顔を見て、今日も涙が止まらない。


暗いブログで気分を悪くした方がいたなら、馬鹿な男と鼻で笑って済ませて欲しい。


もしこれを読んだ方が独身の男性なら、どうかこんな情けない中年にならないように、頑張って貯蓄をして、余裕のある生活を送って欲しい。

もし女性の方ならば、自分の為にお金を使ってくれないケチな男性でもいい、計画性のある方を選んで結婚してもらいたい。

もちろんお金が全てではないと思うが、日頃のお金の使い方を厳しい目で見て幸せな家庭を築いてほしい。

お前に言われたくないと思うかもしれないが、反面教師として感じてもらえれば…と思います。


生まれてくる全ての子供達が幸せになれますように…

綺麗事じゃなく、本当にそう思っています。



マーフィの法則が世に知られて以降、願えば叶うだとか、プラス思考が云々…と言うような考え方をする人が増えてきたのではないだろうか。

勝てば官軍、人生に於いて成功を治めている人たちは何を言っても許されるのだ。

それをあたかも、そういう考え方が幸せを導いてくれる、そんな風潮が蔓延していないだろうか。


ちょっと待ってほしい。言わせてもらうが、それなら僕なんて、宝くじは何十回も当たっているし、何十人もの美女と旅を供にしている。

彼らは待ってましたと言わんばかりにこう言う。

心の中に疑念があるのです。何度あなたが成功を願っても、心のどこかでなれるはずがない、などと考えているからうまく行かない。
潜在意識が云々かんぬん…


こんな考え方を、押し付ける人達が増えて来たと思うのだが気のせいだろうか。


いくらマイナス思考な人でも、心の片隅ではうまく行くように願っている人が大半ではないだろうか。

いや、願わなくても、こんな自分がとか、まさか自分がとか謙遜の意味も含めてネガティブになっているだけかもしれない。

じゃあ何故、その時の潜在意識は作用しないのかね。


すると彼らはこう言うだろう。
その潜在意識は、ああなればいいな、くらいの希望だろ?絶対こうなるんだって言う確信に満ちた思いじゃないんだよ。


これはポジティブとか、そんな次元の話ではないだろう。
と、僕は思う。


悪い事を考えても、心の底から思う人なんて、そんなにいないよね。

思う、願うだけでいいのなら、何をしなくてもみんな億万長者さ。


宝くじが当たった事を考えても、そんな事ある訳無いじゃん、て自分を戒めるかもしれない。
でも絶対外れるとも思っていない。
ひょっとしたらくらいの、スケベ心はみんなあるんじゃないの?
無かったらそもそも買わないしね。


そんな潜在意識が作用して当たってもいいんじゃないの?


僕が言いたいのは、そんな本を読んでポジティブに生きるのは勝手だが、あたかも人の人生までも知り尽くしたような態度や言動はおやめ頂きたい。


人生いろいろ…





いつからだろう、こんなに生きる事が難しく感じてきたのは…

生きる意味など、20代の頃は考えた事などなかった。

それなりに嫌な事もあったが、楽しい事も多かった。

感動を含め、涙を流した記憶がない。
自分の涙腺はきっと詰まっているんだと、冗談混じりに友人に話したこともある。

それが40歳前後を境に、過去の生い立ちや置かれた状況を考えると、涙が止まらなくなってきた。

自分が情けなく、生まれた意味さえも分からない。別に意味なんて考えなくてもいいのだが、そこまで己を追い詰めてしまうようになった。


自分なりに輝いていたと思える頃は、もっと自信に満ちていて、人に対してもしっかりとした意見を言えていたと思う。


今は人と話すのも億劫になってきた。
自分に自信が持てない為、人と会う事さえも拒否したい心境だ。

これではいけない。負けてたまるかの反骨精神で生きてきた。

その心意気さえも失われつつある自分が、嫌で嫌で仕方ない。

涙など流したところで、何も事態は好転しない事など百も承知だ。


自分を奮い立たせ、もう一度人生の土俵に立ってみたい。

今は四股を踏む時か…それにしても稽古の時間が長すぎる…