26年店を続けてわかった「また会いたい」と思う人
26年間お店を続けていると、本当にたくさんの人と出会います。
毎日のように顔を合わせた人もいれば、一度きりの人もいます。たくさんお話をした人もいれば、静かにお酒を飲んで帰られた人もいます。
不思議なもので、何年経っても「あの人、素敵だったな」と覚えている人がいます。
ものすごく面白い話をしたわけでもない。派手に飲んだわけでもない。それなのに、なぜか心に残っている。
反対に、たくさん話したはずなのに、ほとんど印象に残っていないこともあります。
この違いは何なんだろう。
長い間カウンター越しに人を見てきて、私はそれを「心地よさ」なんじゃないかと思うようになりました。
私が思う心地よい人とは、まず一緒にいて疲れない人です。
自分を必要以上によく見せなくてもいい。面白いことを言わなくてもいい。少しくらい沈黙があっても気まずくない。
「この人の前では、そのままでいていい」
そんな気持ちにさせてくれる人です。
そして、話を奪わない人。
こちらが話している途中ですぐに「私の場合はね」と自分の話に変えてしまうのではなく、最後まで聞いてくれる。
「それで、どうなったの?」
「そのとき、どう思ったの?」
そんな一言が自然に出てくる人と話していると、こちらもついつい話したくなります。
会話というのは、自分がどれだけ上手に話したかではなく、相手がどれだけ気持ちよく話せたか。
長く人と接してきて、私はそう思うようになりました。
人によって態度を変えないことも、私はとても大切だと思っています。
立場のある人には丁寧なのに、スタッフには横柄。自分に利益がありそうな人には優しいのに、そうでない人には無関心。
長く人を見ていると、そういうところは意外なほどよく見えます。
反対に、誰に対しても自然に「ありがとう」と言える人には、独特の品があります。
高価な洋服やバッグを身につけていることだけが品ではありません。
自分に何かをしてくれる人だけではなく、自分に何の利益ももたらさない人をどう扱うか。
私は、そんなところにその人の本当の品が表れるような気がします。
そして、心地よい人は距離感も上手です。
親しくなることと、遠慮がなくなることは少し違います。
相手が話したくないことまで聞かない。必要以上に踏み込まない。自分の価値観を押しつけない。
近づいたほうがいいときもあれば、一歩引いたほうがいいときもある。
その距離を自然に感じ取れる人と一緒にいると、不思議と疲れません。
もうひとつ、私が素敵だなと思うのは、自分だけが楽しければいいと思わない人です。
「自分は楽しかった」で終わるのではなく、「相手も楽しかったかな」と、ほんの少し周りを見ることができる。
グラスが空いている人がいる。会話に入れていない人がいる。少し疲れている人がいる。そろそろ帰りたそうにしている人がいる。
そんな小さな変化に気づける人。
気遣いというのは、大げさなことをしてあげることではなく、相手をちゃんと見ていることなのだと思います。
もちろん、心地よい人が完璧な人というわけではありません。
誰だって失敗もするし、言葉を間違えることもあります。機嫌の悪い日だってあります。
でも、「ごめんなさい」「ありがとう」「楽しかった」が素直に言える。
私は、そんな人にまた会いたくなります。
26年間お店を続けてきて思うのは、人は意外と細かいことを忘れてしまうということです。
何を話したか。何を飲んだか。何を着ていたか。
でも、
「なんだか楽しかった」
「なんだか安心した」
「自然体でいられた」
「ちゃんと話を聞いてもらえた」
「大切に扱ってもらえた」
そんな感覚は、不思議なくらい残っています。
もしかしたら、それが「また会いたい」の正体なのかもしれません。
仕事でも、友人関係でも、人とのご縁というのは結局そこなのかなと思います。
ただ、これが「恋愛」になると、私は少し違うと思っています。
心地よいだけでは恋にはならない。
安心するのに、なぜか少しドキドキする。
もっと話したい。
もう少し一緒にいたい。
帰ったあとにも、ふと思い出してしまう。
「また会いたい」という同じ言葉でも、人としてまた会いたいのと、異性としてまた会いたいのでは、そこに何かもう一つ違うものが加わる気がします。
その違いについては、また次のブログで書いてみようと思います。
26年間、人と人が出会う場所に立ってきた私なりの「恋愛で、また会いたいと思う人」になること、なれること
これはこれで、いろいろあります(笑)
ぶんぶんぶん広島
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