何度か青森に行ったことがある夫の案内で、雪の青森に行ってきました

私が行った時は例年よりも雪が少ないといわれていましたが、それでも青森初体験の九州人の私には、道路脇に高く積み上げられた雪は珍しかったし、道路の除雪が行き届いて交通に何の支障もない様子を見たら、十数cmであんなに混乱した九州は、やっぱり雪には弱かったなぁと、つくづく思いましたよ

さて空港から市内に入ったら、一旦ホテルに寄ってチェックイン。 滑り止め付きの靴に履き替えて、最寄のバス停から「田茂木野行き」のバスに乗り、今回の旅の一番の目的の「八甲田山雪中行軍遭難資料館」へ。
そういえば田茂木野といえば、私の大好きな映画「八甲田山」(★ ←映画のレビュー ) の中で、青森の連隊が雪中行軍の下調べに田茂木野に行った時、だれか道案内をしてくれる者はいないか訪ねた神田大尉を「そんなバカ者はいねえだよ

」と一蹴したのが、田茂木野の村長(むらおさ)の加藤嘉さんだったっけ。地元民にさえムリだと言われたあの時、すでに運命は決まっていたんだよなぁ…
それに今日、飛行機から十和田湖がきれいに見えた時も、その先の八甲田には恐ろしいような雲が覆いかぶさっていて、あれ見ただけでも「こりゃ~ムリムリ
」って思ったもんなぁ・・・
なんてことを思いながら30分ほどで資料館に到着。
まずは資料館の裏に広がる幸畑陸軍墓地に行ったのですが、正面の遭難士官の墓標と当時生存していた人の墓碑は下半分が、参道両側の兵卒の墓標はほとんどが雪にすっぽりと覆われていて、その様子を見ただけでも、なんとも言えない気持ちでしたよ…

資料館の中には、お山の遭難の地に建てられた後藤伍長像のレプリカや、様々な資料や解説パネルの展示とともに、試着できる当時のコートのレプリカなどもあって、当時の時勢ではあの訓練も仕方がなかったと思うし、彼らを浅はかだったと責めるのは可哀想だとも思ってはいるんだけど、とはいえ知れば知るほど、「こんなものでよくもまぁ…
」とも思ったし、雪を甘く見過ぎていたことが遭難の原因の一つという説は、否定できなかったですね…
それにしても、映画では北大路欣也さんが演じていた「神田大尉」のモデルになった神成大尉は、当時の北大路さんによく似たキリリとした男前で、ビックリでしたわ


高倉健さんの「徳島大尉」のモデルになった福島大尉も、いかにも士官らしい人だったし^^
休憩コーナーには映画「八甲田山」の台本なんかもあって、やっぱりあの台詞を探しましたよ

ちなみに館長さんのおハナシでは、
・ここの墓標には、遺体収容された時頂かれた髪の毛が納められている
・戦死ではなく訓練中の事故死のため、2階級特進は適用されていない
・全遺体収容には4ヶ月かかったため、中には白骨化していたものもあって、取り違えて引き渡した記録があるが、記録があるということは、おそらくその後交換されたのではないか
・遭難で亡くなった人の墓標の日付は遺体が収容された日で、日付の下には「死体発見日」と刻まれていている
(今回は雪に埋もれて見えていなかったので、それ聞いてビックリ

) とのことで、一度は見たかった雪の墓苑を見られてよかったのですが、今度は雪がないときに来て、今回見られなかった墓標や、予約が必要な陸上自衛隊駐屯地の「防衛館」の展示、遭難現場に建てられた、遭難記念像(後藤伍長の像)のあたりも見てみたいな~と思いながら、資料館をあとにしました。
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