あれれ?午後から急に温度が下がってきました!
明日の朝は冷えるそうですよ。







安定のにぎりぶんちょの銀ちゃんでぬくぬく。





そしてまごまごちゃんにほっこり。




8月に入って、災害で延期していたお宮参りに行きました。
広島の護国神社に行ってきました。
ムスメ婿さんのご両親もいっしょに。

その前にフォトスタジオで記念撮影!


あ、大きなミニーちゃん。





ムスメのために母が24年前に買ってくれた産着をまごまごちゃんにも着せることができました。左はムスメです爆笑





犬になったり



私も一緒に撮ってもらいました。




調子に乗ったぽん子ばあばは、張り切ってマイカーにも新品チャイルドシートを取り付けました。
これでいつでもお出かけできるね!




早速マイカーで、母とひ孫ちゃんの初対面!
喜んでくれたかなぁ。




女四代の記念撮影です。




寝顔に癒されたり




ムスコの赤ちゃんの頃の写真と比べて、笑ったり、楽しみが増えました。




まごまごちゃんがパパとママと宮島に行った時の写真だそうです。

これ、揚げもみじ?わたちも食べれる?




本当に食べてもいいの?




なぁーんだ。パパのか…。笑笑
今月下旬から離乳食開始だそうです。
いっぱい食べれるようになるよぉー。



8月の大きな出来事の話。

8月13日に母の姉が亡くなりました。
母は8人兄弟姉妹の7番目で既に3人が他界していました。
叔母はきょうだいの中でも一番元気な人で、母が寝たきりになったことをとても悲しがっていました。
いつも私に「○○子(母の名前)をみたら涙がでるんよー、ぽん子ちゃん、お母ちゃんのこと頼むよ!あんたしかそばにおる人おらんのじゃけぇね!」って言っていて、数年前にご主人を亡くし、県内とはいえ二人の息子さんたちとは離れて90歳まで一人で元気に過ごしていました。
この夏の災害で呉は長期間の断水になり、叔母は3時間並んでお水をもらったと言っていました。
断水の間、二度ほど叔母に電話をいれ、お水もっていこうか?と言いましたが、「息子が持ってきてくれたから大丈夫よ。本当に困ったらぽん子ちゃんに頼むけね!」と言っていました。
今思えばあの時、顔を見に行っておけばよかったんですが。
お盆に、入院している母の兄を見舞おうと病院に入る直前電話が鳴り、叔母の急逝の連絡でした。
前日に叔母の息子夫婦が実家に戻り、叔母とお墓の掃除をし食事をして家に戻ったそうです。
翌朝 お嫁さんが実家に電話してもつながらず、お昼にかけてもつながらないので実家のお隣の方に様子を見てもらうようお願いしたら、叔母は眠るように座椅子に座ったまま亡くなっていたそうです。
そこには便せんとボールペンが転がっていて、その手紙を読ませてもらったんですが、死期を感じたのでしょうか、遺書のようなものの下書きのようでした。
自分が亡くなった後に連絡する人、してほしい届け出。
実家の片づけのこと。
そして家族への感謝の言葉でした。
2人の息子と〇人の孫と〇人のひ孫に恵まれてお母さんは本当に幸せでした。こんなお母さんだったけどごめんね、ありがとう。
息子たちは2人仲良く元気にお母さんみたいに長生きしてね
というような内容でとしっかりと書き終えた後、心臓発作で苦しむことなく穏やかな顔で亡くなってたんだそうです。
そんなことあるんですねぇ~びっくりしました。

涙なしでは読めなかったその手紙で、私もこんな最期がむかえられたらなぁと。叔母は私の目標になりました。

私も来年50になりますし終活って必要だなぁと感じました。
暗い意味ではなくて、急に何かあっても子供たちが困らないように、家を片付けるとか、叔母のように、人生最後の日まで自分の足で歩けるように足腰を鍛える。(スクワット始めました(笑))
仕事は仕事。仕事がしんどいのは当たり前、その代わりオフには自分がしたいことをする。
そういう風に生活しようと考えるようになりました。

地球温暖化からか、異常気象が続いて災害も多い。
いつまで生きられるかどうかわからないけれど、悔いのないように生きたいなと思います。
やりたいことは後回してせずやってみよう!
そう思った夏でした。



長々と失礼しました。
ぽん子のひとり言ですm(_ _)m