誰しも幸せにりたいと願えば、幸せになれるとは思うし、事実であると思う。
しかし、簡単に幸せを築ける人と築けない人が存在するのはなぜだろう。
よく、誰にでも見えない傷や苦労はあるという。しかし、傷や苦労のレベルは絶対に違う。

未だに、家族仲のよかった、また経済的にも苦労をした事がなかったであろう、にんげんが苦手でならない。

彼ら彼女らとは根本的な考え方が違うと実感するからだ。
そして私は女性。少なくとも男性よりは共感を必要とするのです。

しかし、周りにいる友人同僚は私からみたら不自由無く育って来た人がほとんど。

人間のきたない部分を自然と受け入れられている、器の大きさを見るたびに、自分の小ささがみっともなくなる。

どうやったら、自分に余裕が出来るのだろう。人を受け入れる事ができるのだろう。

出来る限りの事はしてきたけど、やればやるほど、違いを感じて前に進めなくなってきた気がする。

予定を入れるのが辛い。けど断れない。これは惰性だな。
会っても友情を感じられない私の感性。
まだ、諦めないほうがよいかな。。

そんな希望を持ってまた苦手な人間と飲みに行きます。




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