ブログを平日だけでも毎日更新するというのは

とても大変なんだということが分かりました(笑)

学校に子どもたちがいない今,

なんだか毎日そんな大きなハプニングも起きないし,

笑顔もだいぶ臨時休業中・・・

第一ココロがときめかない。

 

自宅勤務中のお昼ご飯が

うどん・そば・スパゲッティ・焼きそば・チャーハン

のローテーションだったけど,

あのくらいブログに書くことを考えるのが

大変です・・・。

というわけで名言集から考える①

 

※「①」と書いてみましたが,②の予定は

今のところありません(笑)

 

大事な友達は、

いつもそばにいなくったって、

ずっと大事な友達だ。

たとえ会えなくなっても、

その友だちと一緒に過ごした思い出は、

死ぬまで消えることはない。

(『ウメ子』阿川 佐和子)

 

私は「友達」と呼べる人がそんなに多い方ではない

そのほとんどは,大人になってから出逢った人たちだし

小さいころからの幼馴染とかそういう人もいない

 

職場の人たちはイイ人たちではあるけれど

「友達」とは呼べない

(別にそれがいいとか悪いとかいう問題ではなくて)

 

でも、私にはものすごおくたくさんの友達がいる

ともいえる

なぜなら、一度担任した子たちのことを

勝手にその後ずっと「友達」と呼んでいるからだ

 

どっからが友達で

どっからが友達じゃないか

何ができるから友達だとか

何ができなきゃ友達じゃないとか

そんなのは人によって様々だと思うし

要は自分が友達と思っていれば

それは「友達」なんだと

そういう前提での話です

 

それでオレの場合は

なぜ担任すると

「友達」と思うかって言うと…

ありふれた言葉だけどやっぱりそれは

一緒に笑って

一緒に泣いて

一緒にケンカして

一緒に感動したから

って…それ以外ないなぁ。

 

そしてその“一緒に〇〇”っていうのが

いつもいつも「教室」での出来事です。

笑ったのも泣いたのも,ケンカしたのも感動したのも…

みんなみんなこの「教室」での出来事

 

ここでできた思い出が

「友達」にしてくれたのです

それはやっぱり動画の授業ではできないもので

どんなにステキなブログを一方的に書いたって

そういう”思い出”はできません

人が生で向き合うから生まれる空気

その中でしかできないものだと思います

 

もうすぐその「教室」で

みんなと今年も

ようやく出会うことに

なりそうです

 

家にいたって

友達だし

ドイツにいたって

友達であることは間違いない

他のクラスになったって

ちがう学校に行ったって

その友だちと一緒に過ごした思い出は、

死ぬまで消えることはない」

のだから

 

はやく「教室」で

顔を見て声を聞きたいです

 

ローテンションシリーズ最終回

「感動のラスト!」ではありませんが…どうぞ~

『峠の五忍者~最終回~』

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